内容説明
7月7日、日曜日、午前6時。北緯52度、西経108度に位置するカナダのある町から、それは始まった。地上に巨大な亀裂が出現し、幅100メートル、深さ30メートルの溝を残しながら、時速1600キロの猛スピードで疾走しはじめたのだ。西に向かって、触れるものすべてを消滅させながら…。不可解な現象が世界じゅうに巻き起こす大騒動の顛末を淡々と語る「刈り跡」、全体主義国家のもと“想像力の罪”を犯し“隠し部屋”に収容された人々を描く表題作など、20の物語を収録。小説の離れ業を演じ続けるカナダ文学の異才の、ユーモアとグロテスク、謎と奇想に満ちた“語り”と“騙り”の短編集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アナーキー靴下
81
『パラダイス・モーテル』で好きになったマコーマック。私が好む作家・作品は、登場人物に没入させ強く心を揺さぶる、という傾向が強いけれど、マコーマックは全く違う。ルポルタージュのように淡々と、もっともらしく、グロテスクなフィクションを重ねてゆく、そのクールさにただただ痺れてしまう。着地点も予想できないまま誘われ、辿り着いたはずの場所は足元から崩れ落ち、確かなものは何もなくなっている。これは自分にとって最も恐れる深淵だ、と強烈な感覚と共に悪夢から目覚めると、何故それを悪夢と思ったのかさえ不思議になるような。2022/04/06
めしいらず
61
著者の奔放な奇想見本市。据わりの悪い結末に背中がゾワゾワする感覚。それぞれの物語は抗い難い「生・性・死」への畏怖や探求がモチーフ。それは我々に原初的に備わる関心事だ。宗教性を帯びるのは至極当然だろう。例えばモーゼの奇跡の拡大版の如き「刈り跡」は、宗教が孕む分断や功罪の寓意のよう。世界中を股にかけた恐るべきその奇跡の目撃者たちは、絶望的な光景を眼前にして何故か一様に熱狂的だ。表題作、「パタゴニアの悲しい物語」「窓辺のエックハート」「刈り跡」「町の長い一日」「双子」の悪夢的な世界観は、おぞましくも実に蠱惑的。2017/10/01
財布にジャック
61
もぅ、いっぱいいっぱいで、流石に苦戦を強いられました。ハッキリ言ってこの作家さんの想像力には参りました。グロいしエロいし怖いし、不条理だしありえないし、短編集とは言えこの読み応えはかなりなものです。思い出すだけでもぞっとします。「祭り」「ジョー船長」「刈り跡」あたりが印象的ですが、どれも凄いです。凄い凄いを連発するしか、考えられないほどの凄さです。2012/08/19
ネロリ
19
柴田さんのあとがきの「グロテスクなのに温かさが伝わる」という表現の妙にも笑いを誘われるけれど、その柴田さん編のオムニバスで読んだ本書の表題作は、マコーマックの愉快さのほんの一部分でしかなかった。本書では、“一本脚の男たち”に仰け反り、“刈り跡”の狂ったお祭り騒ぎにほのぼのし、“庭園列車”に振り落とされそうになった。あと、“ともあれこの世の片隅で”での、“穴”のバリエーションに、じわじわ笑いのツボを刺激された。肉も汁も満載なのに、とても好きな一冊。2012/12/13
鷹図
18
これで翻訳されている3冊全てを読み終えたが、今回も身震いするほど好みな作風だった。解説の柴田さんによる「想像力の個性的な偏り、歪みを身上とする作家」という評が相当に的確で、某洒落怖スレの「くねくね」とか「コトリバコ」みたいな不気味な逸品が並ぶ(そんなもんと一緒にするなって?w)。表題作に加え、『刈り跡』『断片』『一本脚の男たち』『ジョー船長』あたりが特に好みなんだけど、収録作の中ではやや異色でコルタサルトリビュートな『フーガ』も良かった。新たに翻訳を準備中とのことだけど、本書の復刊も含め一刻も早い訳出を!2012/06/29