出版社内容情報
ボールが怖い、失敗すると怒られるなどの理由で嫌われがちな体育だが、強さや速さよりも重要なことがある。「嫌い」を哲学で解きほぐせば、体育の本質が見える。
内容説明
先生はエラそうだし、ボールは怖い!「きらい」の理由をひとつずつ哲学すると、体育の本質が見えてくる。走っているところや失敗した姿を見られると恥ずかしい。体育なんか嫌いだ!という児童生徒が増えています。なぜ、体育嫌いは生まれてしまうのでしょうか?授業、教員、部活動。問題は色々なところに潜んでいます。
目次
第1章 「体育ぎらい」のリアル
第2章 体育の授業がきらい「規律と恥ずかしさ」
第3章 体育の先生がきらい「怖くても、ユルくても」
第4章 運動部がきらい「体育教師らしさの故郷」
第5章 スポーツがきらい「残酷で、すばらしい文化」
第6章 そもそも運動がきらい「だからこそ、からだに還る」
著者等紹介
坂本拓弥[サカモトタクヤ]
1987年東京都生まれ。千葉大学教育学部を卒業。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科を単位取得退学。博士(教育学)。明星大学教育学部助教を経て、筑波大学体育系助教。専門は体育・スポーツ哲学。特に身体論と欲望論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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trazom
134
筑波大学体育系の助教が、体育が嫌われる原因を、規律や恥ずかしさ、体育教師の資質、運動部の存在など多面的に分析するユニークな一冊。体育の授業が、一種の「公開処刑」だというのも納得である(私は、それ以上に、親まで呼んで公開処刑をする(運動会)ことが許せない)。体育=スポーツ=運動という一体性が問題だとする指摘には賛成。「スポーツは人を育てる」とか「スポーツは文化」だという欺瞞や、「パンとサーカス」に踊らされてオリンピックやプロ野球に現を抜かす愚かさに早く気付き、スポーツと切り離した「体育」のあり方を願いたい。2023/12/12
hiace9000
132
小学生の頃から「体育」嫌い。体育が嫌いに陥った理由や、嫌われるに足る条件は本書と見事合致。そうだよね、と自己肯定しつつ共感&納得。されどこれで終わらぬ視点が面白い。決して「ウチの子(体育)と仲良くしてね」的弁解本でも、「体育など捨ておけ!」的な暴君本でもない。ただ体育や自分の身体を捉え直す視点移行を促すのだ。"からだは生まれたときから離れることなく一緒にいる大切なものであり、運動とは体育とはからだを豊かに変えて、そのからだで幸せに生きていくことー"。かつて体育好きではなかった体育教師はそうか!と手を打つ。2024/08/14
ネギっ子gen
70
【「体育」なんて好きにならなくていい】「からだとしてどのようにいきているのか」を研究する体育教師が、「体育」の持つ意味や「からだ」の豊かな可能性を示した新書。巻末に、「注」として参考文献を。そこに、東京藝術大学の体育教官だった野口三千三先生の著書が挙げられていないのを惜しむ――。<自分のからだが必要ですし、そのからだを「賢く」することが有効なはずです。なぜなら、いずれの活動においても、からだが隠れた主役になっているからです。つまり、私たちのからだは、私たち一人ひとりの人生を土台のところで支えている>と。⇒2024/12/01
はっせー
67
体育がきらいだった人や子育てをしている人におすすめしたい本になっている!タイトルからインパクトがある。『体育がきらい』じつは私もその一人だった。運動神経が悪いし体育の先生が苦手だったのでずっと嫌いなまま大人になった。このほんの著者は体育哲学というジャンルで研究をしている方である。そんな著者がなぜ体育がきらいになってしまうのかを色んな目線で検討したのがこの本になる。体育ぎらいを体育好きにするために書いているわけではない。そこは安心してほしい!読み終わって思うことは学生の時に読みたかった本である!2024/01/19
Nat
65
「体育ぎらい」という題に惹かれて購入。興味深い設定で期待値が高すぎたので、もう少し踏み込んだ内容を求めてしまった。体育の授業のことは嫌いでも自分の体のことは嫌いにならないでくださいということなのだけど、では今後の体育の授業をどう改善していくのかということの具体的な案はあまりないように感じた。学校は昔から根本的なことはあまり変わっていないので、学校に馴染めない子どもがどんどん増えていく。昔とは子どもや社会が変わっているので、学校の姿や授業も変えていかなくてはいけないと思うのだが…。2023/10/29
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