出版社内容情報
不知火(しらぬい)の海辺に暮らす人びとの生と死、恋の道行き、うつつとまぼろしを描く石牟礼文学の重要作。第三回紫式部文学賞受賞。解説 米本浩二
内容説明
南九州・不知火(しらぬい)の海辺の地「葦野」で土木事業を営む萩原家。うつつとまぼろしを行き来する当主の妻・志乃を中心に、人びとの営み、恋、自然が叙情豊かに描かれる傑作長編。作者の見事な筆致で、死者と生者、過去と現在、歓びと哀しみが重なり、豊饒な物語世界が現れる。第三回紫式部文学賞受賞作品。
著者等紹介
石牟礼道子[イシムレミチコ]
1927‐2018年。作家。熊本県天草郡に生まれ水俣市に育つ。1969年に『苦海浄土―わが水俣病』を刊行。73年にマグサイサイ賞、86年に西日本文化賞を受賞。93年に『十六夜橋』で紫式部文学賞受賞。2002年に朝日賞受賞。03年に『はにかみの国―石牟礼道子全詩集』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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chanvesa
24
小夜の駆け落ちの場面「これでいよいよこの土地とお別れじゃ。あと幾日かしたら、どういうことになるだろう。」(379頁)母に手を合わせたことと、漁師の老人とのやり取りは、切ない場面と彼女のたくましさ、行く末はいろいろなことがあるかもしれないけど、何とか生きていくのではないかと、希望を持てる場面である。幾代にも連なる女性たちの物語、彼女たちは死者たちに祈りを捧げる。そして、印象的な男たちは彼女たちを支える重左や三之助だ。どのようなつらい日々であろうと、自然や幻のような世界で慎ましく生きる人々は素朴で美しい。2024/01/15
algon
12
「春の城」で著者完読かと思っていたけどまだ本作があってこれで…と思っていたらまだ「おえん遊行」があった。本作は紫式部文学賞受賞。著者を3年かけて読み込んできた身としては本作の徹底した親族総登場ぶりがわかる。もちろん優れた作品なので新旧の愛のカップルは創作だし重左のような複合キャラもいる。全体として土着の潮の香、著者が幼女として家作の中で出没することが萩原家の家風のやさしさを表し、狂った祖母志乃が行動を起こすたびに幽玄の世界が表出してくる。十六夜橋の章の道行の所は本作の白眉。著者の特質が強く出た豊穣の物語。2023/06/26
ハルト
8
読了:◎ 身近な人々のことを書きながら、どこか深遠さがある。南九州の不知火にある海辺の地。その地・葦野で土木会社を営む萩原一族。その当主の妻である志乃は、現実と非現実の境目がうつつ。霧の中に包まれたような世界で暮らす彼女とその身辺の人間関係が、過去と現在を曖昧にしながら流れていく。人の心が時に溶けだし、幻のような関係性を見せる。それぞれの人物が、生き死になく際立って立ち、それぞれの喜怒哀楽を現す。人と自然に包まれるような豊かさがあり、その豊潤さに心満ちる。2023/09/07
belier
3
再読。石牟礼自身の家族をモデルとしているが、あったかもしれない家族の物語を描くのではなく、想像力を駆使して夢幻のような美しい物語を紡ぎ出している。『椿の海の記』では幼少時代の自身が主人公で自伝的作品だったが、この作品は様々な登場人物の視点で語られる古典的小説の構造。石牟礼の分身の少女綾はわき役だ。不知火海地方の地元だけでなく長崎が重要な舞台となっており、魅力的に描かれている。島原の乱を題材にした『春の城』の準備となる作品だったかもしれない。素のマジックリアリズムの要素もあり、さすがの幽玄な文章を堪能した。2024/02/23
フリウリ
3
方言の多用はあるが、地の文さえ、日本語は非日常的な響きをもつ。現在は、過去を語るためにあり、過去は、現在を語るためにある。その往還を超えて、あらゆる語りはことごとく、未来に開かれている。ここに描かれているさまざまな土地を、もっと知りたい。82023/02/10