出版社内容情報
社会変動がもたらす病いと、家族の移り変わりを中心に、老人問題を臨床の視点から読み解き、精神科医としての弁明を試みた珠玉の一九篇。
内容説明
敗戦から高度成長を経てバブル崩壊へと続いた社会変動は、日本人のライフサイクルを激変させた。それは、「常識が考えるよりもはるかに複雑で奥行きと広がりがあり、また生ぐさいものである」人間のつながりに、どのような歪みを生じさせたのだろうか。生きていく上で避けられない関係としての家族(「家族の表象」「家族の臨床」)や、無視し得ない社会問題となりつつあった老いについて検討する(「老人の治療についてのノート」「世に棲む老い人」)と同時に精神科医としての構えを自らの体験に即して綴った作品(「精神科医の弁明」「治療文化と精神科医」)を収める。
目次
家族の表象―家族とかかわる者より
家族の臨床
日本の家族と精神医療
フクちゃんとサザエさん
漫画「ドラえもん」について
「つながり」の精神病理―対人相互作用のさまざま
大学生の精神保健をめぐって
現代中年論
老人の治療についてのノート
老年期認知症の精神病理をめぐって〔ほか〕
著者等紹介
中井久夫[ナカイヒサオ]
1934年、奈良県生まれ。京都大学医学部卒業。現在は神戸大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ネギっ子gen
54
【若い研究者に自分で考えたと思わせるのは、優れたリーダーの素質の一部だ】『中井久夫著作集』の第6巻「個人とその家族」を中心として、新しく編み直した文庫本。3部構成。Ⅰは家族問題を、Ⅱは自然な対人関係を営んだり当たり前の平穏な日常を送ることの困難さ、Ⅲでは精神科医自身の問題について論じる。解説は春日先生。<こちらの何気なく語ったことばや意図しない出方が患者を大きく動かすことが分ってくる。それにしても、何年もの悩みが何回かの面接で変るとは、心理療法はすごい、心理療法を一生の仕事にしてもよいなと思う>と――。⇒2025/01/05
chanvesa
41
「調停者になるということは精神健康に非常に悪い。(93頁)」は心底そう思う。調停は利害関係を整理する強い働きかけである。調停というアクションにおいては末節にみえるようなあいさつや微笑といった「弱い相互作用(144頁)」にも大きな意味があることを、精神医学という縁遠い世界の手法から学ぶ。「精神的負担が、より下の層に一般に移りつつあるはっきりした傾向(170頁)」は1985年に書かれていることだが、全く変わらない。上位の層になるほど権限を下に委譲し責任転嫁する傾向はとうとう公文書の改竄まで行きついてしまった。2020/07/23
ばんだねいっぺい
32
「つながり」ということで、家族に関する論考が続く。「調停役の受難」や「HEE家族の功罪」を知り、日本のことわざ「沈黙は金」はあながち真理なのかもと思い直した。「金属バット殺人事件」の絵解きは、鮮やかで、こういうオペレーションだったとすると加害者への同情も芽生えた。物を渡そうとする患者に「私が物を受けとると治らないというジンクスがあります。」との返しの見事さに笑った。「秘密」を大事にすることは個人を大事にすることなんだなー。2019/01/06
シュシュ
29
著者の言葉の他、引用されている文章にも惹かれた。「私は人生をとにかくここまで運んだ。明るい足し算、暗い合計。僅かな木と僅かな濡れた小石」高齢者の話が興味深かった。老い人は若者よりも、ふっきれることにはいくらか容易になっていることが多い。老人の過去を真剣に聞くということは、その人のプライドの再確認であり支持である。激変が認知症のきっかけになるので、できるだけの知恵を使って環境の激変を避けるようにする。精神健康には、即座に解決を求めないでおれる能力、未解決のまま保持できる能力が必要。ほどほどが大切だなと思う。2018/05/01
山ろく
18
ちくま学芸文庫中井久夫コレクションの一冊。今回のテーマは、患者やその家族との医師の関わり方や認知症患者を取り巻く人間関係といった社会の中の患者の位置づけなど。付箋を貼って線を引き引き読んだ。エッセイというには明快な分析が心地よく、評論というには引き込まれるような臨場感が魅力だ。精神科医の文筆家は多いが著者の文章はやはり別格で、文章の一節がしばしば名言とされるのもうなずける。認知症や老人労働の現実といった高齢化社会における生態学的観察も興味深いが、サザエさん・ドラえもんを巡る独自の視点からの考察は一味違う。2023/04/06