内容説明
人体の視知覚形式を、「見る」に徹する「目の視覚」と、共通感覚に訴える「脳の視覚」の二種類に分け、写真・映画・マンガ・美術作品など、古今東西の視覚作品を解剖してみると…。さまざまな視覚作品を、5万年前から変わらない人体による視覚レポートとしてとらえ、科学から美学へアプローチしたまったく新しい視座を提示する。
目次
序章 「目の視覚」と「脳の視覚」
第1章 脳の中の美術館
第2章 写真
第3章 映画
第4章 マンガ
第5章 アニメーション
第6章 絵画
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
i-miya
4
★布施英俊『脳の中の美術館』(ちくま学芸文庫1999.05)2005.08.30-2005.08.31 長回し技法 芝居とは関係のない本物の警官ー銃殺 客は芝居と思い込む 移動撮影 パン(左右) ズーム(近づく) クローズアップはない(池澤夏樹) アンゲロプロス的世界 世界にはこのような見方もある 『ノスタルジア』(タルコフスキー) 大江健三郎 井伏鱒二『黒い雨』(1966) ポーランド生まれアメリカ在住 リプチンスキー 『ステップス』 2005/08/31
ひろ
3
網膜の視細胞に映ったままの情報によって構成される(モネのような)「眼の視覚」と、その情報を脳で処理し現実として構成した「脳の視覚」の二つがあり、どちらかによって芸術は構成されている。また両者を併せ持つルネサンス期の芸術というものがある。……という論拠もヘッタクレも無く「そのことが言いたいだけでこの本書いたの?!」と言いたくなるような主張が展開される本。言わんとすることはわかる。モネの絵についてセザンヌは「なんと素晴らしい目だろう」と述べた。その通りなのだ。彼の絵に表現されているのは彼の視覚そのものであり、2016/11/22
読書家さん#kqKgJj
1
「目の視覚」と「脳の視覚」という二つの視点で、様々な作品を切り取っていく。それは、ファインアートと呼ばれるものから漫画まで多岐にわたる。今日、これほどまでに視覚による世界が溢れた時代はないといえるが、この本の視点によるならば、「脳の視覚」がこれほど優位になった時代もないともいえる。それは、網膜にうつった原像を私たちの脳の「解釈」によって、映し出したイメージがあふれる世界だ。いみじくもコロナはリアルではなく、イメージが横行していたとも思える。本書は、そういった現代社会の見方さえも示唆してくれる。2022/06/25
bittersweet symphony
1
先日の養老孟司「涼しい脳味噌」( https://bookmeter.com/reviews/102012523 )からの 関連本を未読本棚から。写実的なものを「目の視覚」それ以外の作為が混入したものを「脳の視覚」と言い換えて議論をしている(つもりになっている)わけだけれど、それがどうした的な反論は序章で著者自身により拒絶されております。脳の中で統合される前の、視覚細胞それぞれに入射した電磁波がどう表現されるべきなのか、については議論の余地がありそうですね(モネの絵画のようにはなりそうもないですが)。2021/10/31
miurin
0
パラパラ読んだ時に、モネは「目の視覚」の画家だというページがたまたま目に飛び込んできて、強い納得感とともに「私が読みたいのはこういう本だ!」と思い、即買いした。のだが、いざ読んでみると全体的には今一つ納得しきれなかったかな。。少なくとも「目の視覚と脳の視覚の2つで、あらゆる美術について綺麗に説明がつきますね!」みたいな感覚は私には生まれなかった。。 しかし、解剖学にも通じた筆者の、「ヒトは5万年の間、変わっていない。」という前提からの美術論というのは私にとって新鮮で、面白いと思う主張も複数あったのは事実。2023/04/29




