出版社内容情報
放射能問題は人間本性を照らし出す。本書では、理性を脅かし信念対立に陥りがちな問題を哲学的思考法で問い詰め、混沌とした事態を収拾するための糸口を模索する。
内容説明
3.11後の放射能問題は依然として暗い影を投げ続ける。不要な被曝をしてしまった不快と不安、不信などの「不の感覚」が蔓延し、それが復興の妨げにすらなっている。一方で「正しい」と思われる行為が他方で他者を苦しめる。「道徳のディレンマ」と呼ぶべきこの不条理を、超克することはできるのか―。一哲学者が、自問反復しながら徹底して理性で問い詰め、事態の混沌に明るみをもたらそうと格闘した思考の軌跡。
目次
第1章 低線量被曝とがん死
第2章 「放射能」というイコン
第3章 放射能と人体
第4章 安全と安心
第5章 因果関係への問い
第6章 確率と因果関係
第7章 年間一ミリシーベルト
第8章 予防原則の問題性
第9章 借金モデル
第10章 LNT仮説と不可断定性
第11章 「道徳のディレンマ」を生き抜く
著者等紹介
一ノ瀬正樹[イチノセマサキ]
1957年茨城県土浦市に生まれる。東京大学文学部卒業。東京大学大学院哲学専攻博士課程修了。1997年に博士(文学)の学位を取得。現在、東京大学大学院人文社会系研究科哲学専攻教授、および英国オックスフォード大学Honorary Fellow。和辻哲郎文化賞および中村元賞受賞。専門は哲学(因果論および人格論)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Koning
12
3.11以降やることなすこと頓珍漢でダメっぷりを露呈しまくった社会科学とか哲学とかの人がいや、哲学だってそうじゃないんだ!って頑張って見た本。筋としては正しいのだが、哲学でてこねぇじゃんという山形の突っ込み通り、このぐらいはジャーナリスト(やらマスコミの編集権を握る人物)が最低限持ってるべき知識とでも言うか。なんというか、やっぱり「日本の」哲学は役に立ちませんでした。という逆説的な本になってるような感じとでも言えば良いか。まぁ、Twitterで自爆しちゃう評論家よりはいいと思うのだけど(汗2013/05/06
壱萬弐仟縁
7
第1章の註3で、「大切なのは、人々の不安をまずは事実として受け止めた上で、それに問いを向け、冷静に、速やかに、そして客観的に、現状の放射線被曝の評価を進め、人々の心情や価値観に共感しながら、そうした評価を周知徹底すること」(265頁)とある。これは、重要なのは理解できるものの、現場の労働者、作業員の立場からすれば、いささか、理想ではあるが腑に落ちない。きれいごとという意味において。2013/03/30
Moloko
3
倫理的な視点から哲学者が書いたものかと思いきや、低線量の放射線被曝についての問題を因果論的な視点から論じたものでなかなか面白いものだった。1mSv~100mSvの被曝が人体にガンやガン死をどのくらいの確率でもたらすかについての科学的定説がなく、確率計算できない上に、リスクを避けるための避難生活の方が逆にストレスなどで死亡リスクを高めてしまい、予防原則でも解決できない。福島からの避難を声高に叫ぶことはもとより、科学の知識(常識・モラル)が乏しい人間たちが福島の人やモノを差別することにも釘を刺している2017/04/29
ななみ
3
これは紛れもない名著…読まれさえすれば。ここの登録数からもわかるとおり、本書最大の欠点は「読まれない」ことだなあ。妥当性の高い現状認識の上に構築されたしっかりした論理はさすが哲学者。本当は(哲学の一分野である)自然科学の専門家はこういう土台を共有しているべきなのだけど、現状を見るにもう残念としかいいようがない。理系の学生には本書を国費で買い与えてもいいくらい。本書で唯一残念なのは「借金モデル」の「強制負債」に関する考察が甘いこと。せっかく保証人制度に例えたのだから、その意味にもうひとツッコミが欲しかった。2013/02/09
玻璃
2
東日本大震災に伴う原発事故の後、専門家と呼ばれる人たちのなかには大変評判を落とした人がいた。問題の性質上、文系は役に立たないと言う人もいた。さて、哲学は現代の諸問題に役立つのか?どうアプローチするのか?正直なところ全く期待していなかったが、言葉の厳密な意義付けや巷に溢れるロジックの分析などに始まり、非常に読みごたえのある内容だった。津波で犠牲になった人々への追悼の思いが幾度となく語られているのは、放射能問題について論じられたもののなかでもそう多くないような気がする。それがとても良かった。2018/02/23