内容説明
鴎外を父としながら「思うところあって」文学者にならなかった著者が、解剖学者として折にふれ書き綴った随想を集める。死者のイメージに出会うヨーロッパ体験、実習室での奇妙な出来事、愛犬を失うの記、なきがらとの対話幻想などを語って自称「ボンヤリ教授」のペンが冴える。
目次
屍体異変
死面の印象
老いの話
屍体春秋
死面生面
屍体展望
研究室の1話
顕微鏡雑話
白い町
生命の泉
屍体絵巻
臍を噛む
蛙の臍
敬礼
鯨とポプラ
抽籖
放心教授
犬の死因
老犬
解剖雑話
魂魄分離
なきがら陳情
弱きものよ汝の名は男なり
空想半熟卵
耄碌寸前
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Susumu Kobayashi
4
「屍体春秋」のハンス・ウィルヒョー先生の件が面白い。先生から「日本人の首がほしいのだが」と言われ、「ここに一つありますが」と答えると、「ああ、それは知っているが、少し新鮮(zu frisch)すぎるから」と言われる(p. 50)。帰国して、森は研究用の標本として一つ送るが、アルコールが途中で少なくなり、標本が乾燥してしまう。先生からの受け取りの手紙には「愛する森よ。お前の首は新鮮すぎたが、お前の私に送ってくれたのはまたあまりに古すぎた」とあった。こういうのを英語でgrim humourというのだろう。2018/07/14
tsuneki526
2
森鴎外の息子のエッセー。全編ほとんどが解剖教室を題材にしているせいか、標本から漂う独特の臭いが鼻腔に残っているような・・・・大正末から昭和初期にかけての描写も興味深い。江戸時代から100年と経っていないのに、朝の混雑する通勤電車で仕事に向かっていたり、電車内の忘れ物はやっぱり傘が多いとか、今と同じなのがおもしろい。市井のなんでもない描写が今なお変わらないもの、いつの間にか消えてしまったものをはからずも浮彫りにしている。2013/07/21
maylucky
0
中でも「なきがら陳情」というのがいちばん面白かった。人間の肉体を大家さんに、その肉体を借りている魂を店子さんに喩えて、解剖学者の著者が店子が去った亡骸(大家さん)と語り合う。体を磨きすぎるボディービルダーや無理心中の遺体など思わず大笑いしてしまったが、きっとたくさんのご遺体と接し、いつも色々な対話をなされていたのだろうなあ。それにつけてもリズム感のある文体で、やはりそれは父親譲りなのだろう。あまりにも有名な父親を持つと、その子供は生き難かっただろうと思いがちだが、そんなことはない。見事な随筆集であった。2016/06/05