「平穏死」を受け入れるレッスン―自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか?

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「平穏死」を受け入れるレッスン―自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか?

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  • サイズ B6判/ページ数 214p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784416716274
  • NDC分類 490.15
  • Cコード C0095

出版社内容情報

「いつまでも生きていてほしい」けれども、「できるだけ楽に逝かせてあげたい」。悩む家族のジレンマにベテラン医師が答える。親や配偶者の看取りに不安を感じる人、
「いのち」や「死」とはどのようなものかを知りたい人、
人生と医療との関わりを見つめ直したい人、
――そのような人に必ず読んでほしい本です。

「いつまでも生きていてほしい」
けれども、
「できるだけ楽に逝かせてあげたい」

人生の最終章を迎える人の家族は、誰もがジレンマを抱えています。
そのジレンマに、「平穏死」提唱者であり、60年命と死に向き合ってきた医師が答えます。

2015年秋に放送された、石飛医師が常勤医を勤める芦花ホームを取材した、
NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」は大きな反響を呼びました。

2010年に石飛幸三医師が提唱して以来、自然な老衰死のあり方と、
その穏やかな看取りとして「平穏死」の考え方が徐々に浸透してきました。
胃ろうをつけた寝たきりの人も、この6年で60万人から20万人に減ったといいます。

しかし現在でも、無理な延命治療によって穏やかな老衰死が妨げられてしまう実情があります。
なぜなのでしょうか?

皮肉にも、本人の意思の「代行判断」を迫られた家族の「情」が、
安らかな大往生を妨げてしまっていたのです。

多くの人が、「自分の終末期には無理な延命をしないでほしい」と望んでいます。
しかし自分の親が年老い、老衰や病気になると、本人にとって苦しみでしかないと頭ではわかっていながら、
医師の勧めに従い延命措置を受け入れてしまうことも多いのです。
自然の摂理としての死が、家族にとって「悲劇」という受難になってしまうのです。

別離は悲しい。悲しんでいいのです。悩み、迷うことは当然です。
でも「命より大切なものはない」という考えにとらわれてしまうと、当人の尊厳が失われてしまいます。
延命治療を決断した家族自身も、また苦しんでいるのです。

本書では、親や配偶者の死と向き合う家族の声に耳を傾け続けてきた石飛医師が、
タブー視されがちな家族の「情」について、丁寧に論考を重ねます。
悩み苦しむ家族に向けて、大切な人を幸せに見送る心の持ちようや看取り方を提示します。


■第1章 人には「安らかにいのちを閉じる力」がある

食べなくていい、飲まなくていい、眠って、眠って、さようなら
そのとき苦痛はないのか
自然な最期こそ平穏な死
自然死が社会的に受け入れられる時代になった
人生最終章における医療の意味とは何か
このような姿で生かされることを、誰が望んだのか
胃ろうにしたら、誤嚥性肺炎を起こさないのか
その人に合った量に減らす
食べられなくなったら、自然のままに
仏さまのような穏やかで柔らかな表情 

■第2章 終末期医療、家族のジレンマはなぜ起きる?

高齢者介護の現場はいま
それは家族の受難として始まる
年寄りの本音
渦巻く家族の情
人の生き方の問題は刑法でも裁けない
意見が割れた、心が揺れた
人生最後の時間をどう楽しく生きてもらうか

■第3章 日本人の医療依存を考える

胃ろうは減ったけれど
胃ろうの代わりに起きていること
医療保険制度の功罪 
ヨーロッパの医療のあり方との違い
無駄の少ないドイツの合理主義
医療依存││日本人はなぜこんなに検査・検診が好きなのか 
病気を見つけてどうするつもりだ?
その医療にはどんな意味があるのか
老衰は治せない、老いも死も止められない

■第4章 いま必要なのは、「老い」と「死」を受け入れる姿勢

死をタブー視し、嫌ってきた社会
死と向き合わないことは幸せだったか
父との約束を守れなかった悔恨
「いのちは大切なもの」と考えすぎるな
老いとは、安らかに逝くための自然からのギフトである
死を受け入れる覚悟

■第5章 「その人らしさ」を尊重したケアで人生をハッピーエンドにする 

高齢者に必要なのは、医療よりも質のよいケア
食いしん坊ジョウさんのハッピーエンド
胃ろう六年、願いが通じて奇跡が起きた
その人にとっての幸せとは何か
老人医療にもっと緩和ケア的発想を

■第6章 「最善」の医療とは何か

原爆の記憶
「いのちの重さ」を考える
医者の使命はいのちを救うこと
生命線をこの手に握る
いのちは救えた、しかしあきらめてもらったことがある
手術のリスク
誰のための医療なのか、何のための医療なのか
死の淵に追い込まれた人に何ができたのか

■第7章 試練は「人生で本当に大切なもの」に気づくためにある

絶望から立ち直ったピッチャー
青天の霹靂
苦節一〇年
あの試練があるから、いまがある
悲嘆の底を抜けた先には希望がある
どんな状況でも、人間としての尊厳と生きる希望があればいい

■終章 幸せな死を思い描いて、今日一日を楽しんで生きる

憂い事は笑い飛ばすがよし!
人生一〇〇年時代、下り坂をどう降りるか
自分のためより、誰かのために││「忘己利他」のすすめ
別れを受け入れる


石飛 幸三[イシトビ コウゾウ]
著・文・その他

内容説明

安らかな大往生を妨げていたのは、家族の「情」だった!「いつまでも生きてほしい」けれど「楽に逝かせたい」家族のジレンマにベテラン医師が答える。人が老いて死にゆくとき、最後に家族ができることとは?

目次

第1章 人には「安らかにいのちを閉じる力」がある
第2章 終末期医療、家族のジレンマはなぜ起きる?
第3章 日本人の医療依存を考える
第4章 いま必要なのは、「老い」と「死」を受け入れる姿勢
第5章 「その人らしさ」を尊重したケアで人生をハッピーエンドにする
第6章 「最善」の医療とは何か
第7章 試練は「人生で本当に大切なもの」に気づくためにある
終章 幸せな死を思い描いて、今日一日を楽しんで生きる

著者等紹介

石飛幸三[イシトビコウゾウ]
特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。1935年広島県生まれ。61年慶應義塾大学医学部卒業。同大学外科学教室に入局後、ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院、東京都済生会中央病院にて血管外科医として勤務する一方、慶應義塾大学医学部兼任講師として血管外傷を講義。東京都済生会中央病院副院長を経て、2005年12月より現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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Babachan.com

33
人はいかにして死ぬべきか。この本を見て死ぬなら老衰が良いのかなと思った。2016/12/30

梅ちゃん

22
2017.10.09 この副題のとおりです。死が間近に迫っている状態ならば、自分は確かに延命治療はして欲しくない。でも、家族や愛する人だとたとえ意識がなくても、その手の温もりがなくなって欲しくない、鼓動が止まって欲しくないと思ってしまう。これは私のエゴなんだろうなぁ。いつ、その時が来ても冷静な判断ができるように普段から覚悟をしておかなければならないのだろう。なかなか難しいことではあるが。2017/10/09

アイスマン

14
延命治療をしなければ最後は苦しむ事なく穏やかに旅立つ。 延命治療をしない、とは自然の摂理に任せてその人自身の持っている生命力に寄り添いながら迎える自然な死の事だ。 しかしながら、その穏やかな死を阻むものがある。 それが家族の“情”である。 大切な人に少しでも長く生きていて欲しいと願う気持ちは否定されるものではない。 しかしだからと言って、本人が望んでもいない延命治療を施し、それによって苦痛を与えるとしたらどうだろうか? 自分が望まないのに何故親には延命治療をするのか?2019/11/01

getsuki

11
老衰における医師不要論をきっぱり言ってくれるのが、著者の素晴らしいところではないだろうか。高齢者が入院しても辛いことばかりだよ……特養のみならす、老健もまた看取りをせざるを得ない時代の流れ。家族の情が安らかな死を迎えるための障害となっている皮肉。生と死は人間の宿命なのに、死を極端に避けたツケはあまりにも大きい。もっと大きく取り上げられるべきじゃないのかな?2017/03/09

のり

7
「平穏死」とはその人自身の持っている生命力に寄り添いながら自然な形で迎える死。自然な最期はもう食べなくていい。飲まなくていい。痛みも苦しみもない。ただ眠って、眠って、いのちの終焉を迎える。家族の情が最期を左右する。元気なうちに最期は医療をどうして欲しいのか話し合い、リビングウィルを書いておく。命は大切なものだが、長さを延ばすことにこだわりすぎないこと。本当の愛情とは、相手を思い、忘己利他の心で接すること。死は避けられない。だからこそ、生きていることの喜び、楽しみを味わう生き方をすることが大切。2016/09/03

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