広島 爆心地・中島

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  • サイズ A5判/ページ数 146p/高さ 21cm
  • 商品コード 9784406033060
  • NDC分類 369.37
  • Cコード C0021

内容説明

平和記念公園は、広島一の繁華街だった。知っていてほしい、原爆が落とされたとき、たくさんの人がそこに生きていた。爆心地になった町のそのときを再現する記録集。

目次

第1部 爆心地中島―あの日、あのとき(原爆で消された繁華街;ただ一つ残った建物、ただ一人の生存;駆けつけた人々の見た惨状;全滅した建物疎開作業動員学徒・国民義勇隊)
第2部 慟哭の悲劇はなぜ起こったのか―その明暗を分けたもの(広島の建物疎開動員学徒の被害は全国最大;なぜ、一、二年生が動員されたか;明暗を分けた教師の判断;別表 建物疎開の状況、作業場所)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

くまくま

6
爆心地で何が起きていたのかを知るための貴重な証言。まだ広島という地を訪れたことがないので、まずは資料から学ぶ。日本人として知っておかなければならないこと。2020/01/19

pom

4
爆心地近くの図書館で借りました。修学旅行生は平和記念公園がかつての繁華街の廃墟を埋め立てたことも知らないとありましたが、恥ずかしながら私も同様。全く想像力不足。空襲による火災被害の拡大を防ぐため建物を強制的に除去する作業「建物疎開」をさせられていた約6千人の学生が原爆により亡くなった。軍の圧力により強制的に働かされていたことと、軍の意向に従わず、その日に作業させなかった何校かの生徒達は難を逃れたという事実を知った。辞表を覚悟して反抗した教師が結果的に子どもを救ったという運命!2016/04/13

mimm

3
2006年、被爆60周年に当たり、自費出版から改定版として出版された、爆心地の状況及び建物疎開動員学徒として悲劇にあった生徒やその状況の記録と、逆らって結果生徒の命を守った教師の手記など。瞬時にたくさんの命が失われ、証言する人もいなかった(見つけられなかった)爆心地でただひとりの生存者の記憶や駆けつけた人々の見た惨状は、今の記録でも生々しく、ぞっとしてしまいます。修学旅行で訪れたきりの記念公園に、再び足を運びたくなりました。2013/04/06

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