「国力」会議―保守の底力が日本を一流にする

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「国力」会議―保守の底力が日本を一流にする

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  • サイズ B6判/ページ数 229p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784396613075
  • NDC分類 310.4

内容説明

イージス艦事件、もし「麻生首相」なら、いかに対処したか。「平沼新党」の行方と、第三勢力としての「健全な保守」。対米でも対中国でも機能しない外務省の実態。戦後、「軍とは何か」に向き合わずにきた日本人。政治家に必要なもの、それは「判断力」だけだ。一級の日本人でなければ、一級のインターナショナルな人間にはなれない。日本の「国力」、「国柄」、そして「国家100年の計」とは。次期首相に最も近い男たちが語り尽くした「日本のシークレット・パワー」。

目次

1 日本の「国力」は劣化したのか(いつまでも豊かな国ではない―日本の国力劣化を恐れる;相対的劣化と絶対的劣化 ほか)
2 日本国の「国柄」―その比類なき特質とは(熱狂の中で判断を誤る日本人―なぜ多数派を是とするのか;戦争突入を止められなかった日本の政治家 ほか)
3 従米でなく、媚中でなく(「年次改革要望書」どおりの法案;日本は従米ではない―当事者しか知り得ない「日米連合」の真実 ほか)
4 「保守」の思想―日本を一流にするために(政治家としての原点はどこにあるのか;ねじれ国会と連立政権―ものごとを決める状況をつくれ ほか)
5 日本国100年の計―保守政治が果たすべきこと(外交という国益活動に金を惜しむな;人間も国家も得意分野で勝負すべきだ ほか)

著者紹介

浜田和幸[ハマダカズユキ]
国際政治経済学者。1953年鳥取県生まれ。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学大学院にて政治学博士号を修得。米戦略国際問題研究所(CSIS)、米議会調査局(CRS)等を経て、現在、国際未来科学研究所代表

麻生太郎[アソウタロウ]
衆議院議員。1940年9月20日生まれ。学習院大学政経学部卒業後、米スタンフォード大学大学院、英スクール・オブ・エコノミクスを経て麻生産業入社。1973年、麻生セメント株式会社社長就任。1978年、日本青年会議所会頭。1979年、旧福岡2区より初当選。以降当選9回。自由民主党所属。文部政務次官、衆議院外務委員長、自民党外交部会長、経済企画庁長官、経済財政政策担当大臣、党政務調査会長、総務大臣、外務大臣、党幹事長を歴任。大学生時代に始めたクレー射撃では、1973年、メキシコ国際射撃大会個人優勝。1976年、カナダ・モントリオールオリンピック日本代表となる。1977年「ベスト・ドレッサー賞」受賞

石破茂[イシバシゲル]
衆議院議員。1957年2月4日生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)入行。1983年同行退行後、木曜クラブ(田中派)事務局勤務。翌年退職後、1986年、鳥取1区より29歳で衆議院初当選(当時、全国最年少議員)。以降7期連続当選。1993年、自由民主党離党。翌年に新生党、新進党に参加するも1996年離党。1997年、自由民主党に復党。衆議院規制緩和特別委員長、衆議院運輸常任委員長、農林水産総括政務次官、防衛庁初代副長官などを歴任し、2002年、防衛庁長官就任。自由民主党国防部会・防衛政策検討小委員会委員長、北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟会長などを務めた。2007年9月、防衛大臣就任

平沼赳夫[ヒラヌマタケオ]
衆議院議員。1939年8月3日生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、日東紡績株式会社にグラスファイバー部門の営業として入社。ブリヂストンとグラスファイバー製タイヤの共同研究にかかわるなど、11年間の勤務の後退社。故・中川一郎元農林水産大臣の秘書を経て1980年、3度目の挑戦で旧岡山1区(現・岡山3区)から衆議院初当選。以降9期連続当選。2005年、自由民主党を離党して以来無所属を貫く。自由民主党全国組織委員長、自由民主党団体総局長、自由民主党財務委員長、衆議院大蔵・農林水産・議院運営各委員長、大蔵政務次官、運輸・通商産業・経済産業各大臣を歴任。また、日本会議国会議員懇談会、正しい日本を創る会、北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟、日華議員懇談会などさまざまな議員連盟の会長を務める。「真・保守政策研究会」最高顧問

与謝野馨[ヨサノカオル]
衆議院議員。1938年8月22日生まれ。東京大学法学部卒業後、日本原子力発電株式会社に入社。1968年、中曾根康弘事務所入所。中曾根氏の秘書を経て1976年、東京1区より初当選。以降当選9回。自由民主党党員。通商産業政務次官、衆議院商工委員会筆頭理事、衆議院議院運営委員会筆頭理事、衆議院議院運営委員長、文部大臣、内閣官房副長官、通商産業大臣、自由民主党政務調査会長、国務大臣(経済財政政策担当・金融担当)、内閣官房長官(拉致問題担当兼任)などを歴任。福田康夫内閣において衆議院決算行政監視委員会委員、自由民主党税制調査会小委員長、自由民主党財政改革研究会会長を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)