出版社内容情報
あたりまえのようで実は謎めいた部分と全体の関係をアリストテレスから四次元主義やメレオロジーまで用いて多様に考察。読者を存在の奇妙な迷宮へと誘うスリリングな哲学。
【著者紹介】
1956年生まれ。京都大学大学院哲学専攻博士課程単位取得退学。哲学博士。現在、神戸大学大学院人文学研究科教授。著書に『ライプニッツの認識論』『環境学入門』(共著)『西洋哲学史近代編』(共著)など。
内容説明
古代から現在を貫く、知られざる思索の系譜。アリストテレスやトマス・アクィナスから、現代の四次元主義やメレオロジーまで、存在論の土台にして難問「部分と全体」をめぐる哲学的思索の系譜と現代的展開を紹介、読者を存在の迷宮へといざなう。
目次
第1部 部分と全体の存在論―歴史的視点から(アリストテレスにおける「部分」と「全体」―質料形相論(hylomorphism)としてのメレオロジー
中世とトマス・アクィナス―全体‐部分の形而上学
ライプニッツ哲学における全体と部分
フッサール現象学とメレオロジー)
第2部 メレオロジーとオントロジー―現代的展開から(四次元主義の存在論と認識論;ヴァン・インワーゲンの「生命」―ライプニッツとの対比から;虹と鏡像の存在論;機能のオントロジー)
第3部 メレオロジーの論理学
著者等紹介
松田毅[マツダツヨシ]
1956年生まれ。神戸大学大学院人文学研究科教授。専門は哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Reina SAIJO
3
決して読みやすい論考ばかりではないのだが、面白くて一気読みしてしまった。全体-部分論をテーマに、現代の存在論におけるメレオロジーと、その哲学史的源泉を概観するアンソロジー。第一部が哲学史的背景、第二部が現代のメレオロジーに関する哲学的議論、第三部にメレオロジーの論理学的考察がおさめられている。第一部では、アリストテレス、トマス、ライプニッツ、そしてフッサールの全体部分論がそれぞれ紹介されている。特に、魂(心的能力)が実体の部分としてとらえられるかどうかが、議論の的になっているようだった。 2015/05/31