内容説明
人権や人格の専厳の由来は何か。三位一体や神の存在証明、無知の知や普遍論争など、キリスト教神学と、ソクラテス、アンセルムス、トマス、スコトゥスらの哲学をたどり、近代が隠蔽した古代・中世からつづく思想の地下水脈を明らかにする。
目次
第1章 神の三位一体と人権(人権思想とは何か;国家と人権 ほか)
第2章 神の存在証明と国家の存在(中世における神の存在;アンセルムスの神の存在証明 ほか)
第3章 疑いと、想像と、確信(疑われるもの;疑いの発生 ほか)
第4章 アンセルムスとソクラテスの発見(アンセルムスとソクラテス;「哲学らしさ」の欺瞞 ほか)
第5章 ソクラテスの実像とその哲学(クセノポンのソクラテス描写;クセノポンとソクラテス ほか)
著者等紹介
八木雄二[ヤギユウジ]
1952年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院哲学専攻博士課程修了。文学博士。専門はドゥンス・スコトゥスの哲学。現在、清泉女子大学非常勤講師、東京港グリーンボランティア代表。東京キリスト教神学研究所所長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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amanon
7
一見、あまり結びつきそうにない三位一体と人権という概念だが、本書を読み進めていたら、「そういうこともありかも…」と思えてくる。タイトルに反して、終始中世哲学がテーマであるわけではなく、終盤はプラトンとソクラテスにかなりの紙幅が裂かれるのだが、いみじくも先程読んだプラトンの著作にかなり言及されており、ちょっと不思議な気分に。また、ソクラテス自身の思想とプラトンの思想とがイエスとキリスト教徒の関係がほぼパラレルなものになっているのが興味深い。また挿話で取り上げられた麻原彰晃のエピソードが何とも言えず重たい…2024/10/18
Go Extreme
2
人権そのもののあり方の探求 ペルソナ概念と人格把握の接続 対話による人格尊厳の顕現 キリスト人性認識と人間性の復興 神の愛への気づきと行動変容 求める先になく与えられ続ける恵み 思考内にとどまる神の確信 第一の動かすものとしての神 無限な存在者としての神 国民意志に基づく国家という普遍 共同幻想としての国家 正直さとしての真理 正直さを通じて受け取る自由意志 無知の自覚エポケの始原 信じていると思うことの吟味 現場での配慮と気づかいの必須 知り得ぬことへの神への信頼 真の敬神としての信ずるほかはない2025/04/28
鵜殿篤
2
まあ、中世哲学の原典テキストを読まなくても「三位一体」について知っていれば想像できるストーリーな気はする。しかし中世哲学の専門家がテキストを踏まえて主張しているわけで、信用してもいいのか。 とはいえ、ここから近代的な人格概念に至るまでには、もう一歩の飛躍が必要な気もする。個人的にはホッブズが重要な役割を果たしているような予感がする。あと個人的には「人格」概念の中核を構成する「個」概念については、新プラトン主義の言う「一」が極めて重要な役割を果たしている気がしないでもないのだが、本書では言及されていない。2020/03/19
tanukiarslonga
1
唯一神なのに何かが3つあるってどういうこと?というごもっともなツッコミに対する思考のアクロバットが人権思想の淵源だったというのには、神さまスゴイやん、と喝采。2019/07/09