内容説明
明治元年生まれの蘆花は文字通り明治の年輪と共に歩いた人である。彼の心には常に自由なキリスト教精神と古い士族的倫理が渦まいていた。そうした中で書かれたのが『不如帰』である。『不如帰』は未曾有の成功を収め、彼はついで『思出の記』『自然と人生』を書いたが彼の苦悩の人生はその後にあった。明治三十九年彼は自己を確立するために、わざわざ遠く聖地パレスチナを訪れ、ロシアにトルストイを訪問した。以後、彼は武蔵野の一角に居を構え自然との対話の中に自己を凝視め、文壇とは交渉せず鍬を握った。そして明治四十三年、孝徳事件が起こるとこれに激しく抗議し、翌年二月には第一高等学校で「謀叛論」と題する抗議の講演をした。これは大きな波紋を巻き起こしたと同時に、この事件に対する唯一の爆弾宣言であった。蘆花は常にいっていた。“私には見たこと、聞いたこと、感じたことしか書けない”。
目次
第1編 徳冨蘆花の生涯(公卿衆の子;遭難;はなやかなデビュー;心的革命;自然の中へ)
第2編 作品と解説(不如帰;灰燼;自然と人生;思出の記;黒潮 ほか)
著者等紹介
福田清人[フクダキヨト]
1904(明治37)年長崎に生まれる。1927年東京帝国大学文学部国文科卒。立教大学教授をへて、実践女子大学教授、日本近代文学館常任理事を歴任。1995年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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