内容説明
大阪・桜宮高校での生徒の自殺を機に体罰撲滅が叫ばれる一方、「愛情があれば殴ってもよい」という支持の声は大きい。教師が子どもに罰として肉体的苦痛を与える「体罰」は、学校教育法で明確に禁止されている。体罰に教育効果などなく、子どもに致命的なダメージを与えるだけ。だが、教師は子どもを暴力で支配する快感に溺れ、親はそれを「教育熱心」として讃え、世間も「愛の鞭は必要」と容認してきた。これまで多くの子どもの命を奪ってきた暴力の共犯構造にメスを入れる。
目次
序章 二人のキャプテン
第1章 繰り返される悲劇
第2章 学校という密室
第3章 体罰は世論に支えられている
第4章 体罰でスポーツは強くなるのか
第5章 体罰はどうすればなくせるか
著者等紹介
藤井誠二[フジイセイジ]
1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学非常勤講師。高校在学中からさまざまな社会運動に関わりながら、日本の「現場」を伝え続けている。テレビ・ラジオ・インターネット放送のコメンテーターや司会としても活動(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
香菜子(かなこ・Kanako)
29
体罰はなぜなくならないのか。藤井誠二先生の著書。体罰も愛情のうちとか、体罰も教育のうちとか、そんな発言をする教師や保護者がいまだにいるのが日本の現実。言葉で説明するのではなく体罰に頼るのは、教師や保護者としての能力不足、適正欠如を認めているようなものです。体罰は犯罪、日本社会からの体罰撲滅を願います。2018/10/09
シルク
9
わたくしの記憶の底に、沈んでいた映像があった。この度この本を手にして、1995年に発生した近畿大学附属女子高校体罰死事件に関する記述を読み、憤りで頭がクラクラした状態になって、数時間経った頃、唐突にある記憶が蘇った。それは多分、NHKのニュース。お家の中の、薄暗い座敷に敷かれた白い布団に、遺体が横たえられていて、そのまわりをぐるりと制服姿の女子生徒達が取り囲み、遺体に取りすがって「ギャー」「ワー」と狂ったように泣き叫び、身悶えている。明らかに尋常ではない様子。画面が切り替わって、五〇代と思しき男性教諭→2026/02/12
Humbaba
4
人は、自分の過去を悪く言われたいとは思わない。だからこそ、今まで教育の形を可能な限りプラスに評価する。体罰を行った教師を避難すれば、今まで良い教師だと評価してきた過去の自分を非難しているかのように感じてしまう。それを避けるためにも、良い教師であったと考えて、嘆願書を用意する機運が生まれる。2013/11/17
TOMTOM
2
噂には聞いていたけど、愛知県の閉塞的で超管理的手法は子どもの立場や視点がなく気持ち悪い。体罰の根底には軍隊教育があるということ、それを肯定した人たちの連鎖が続いていること。海外では家庭内のしつけと称した暴力にも厳しくなっていることを鑑みると日本はまだまだ。やはり一番怖いのは、そこの中で育つ子どもたちの感性が鈍っていくこと。先生の感性が腐っているのが原因とはいえ、暴力が漫然と行われている環境に身を置くことで鈍感になっていくことが怖い。ある意味文化的レベルになっているだけに、もっと根底的な働きかけが求められる2014/10/15
リキヨシオ
2
体罰が教育という文化の根深さと、体罰関連の犯罪を実証するむずかしさが分かる1冊。体罰はDVや宗教に似た存在だと感じた。支配者の命令は、集団からの排除を仄めかしての暴力=鞭に加え、教師の必要性と生徒自身と躾に為の教育だと優しく説明=飴という構造がある。しかし生徒の感覚生徒への体罰を行う教師、体罰の存在を容認する保護者達には暴力ではなく愛ある躾として認識している。他と異なるのは学校での体罰は数年という短期間だからこそ、経験が美化されて成功体験で語られている。難しい問題だけど、これらで人が死ぬのは間違っている。2014/09/10




