出版社内容情報
後ほど
内容説明
「大事にしてやらなくちゃ、赤ん坊は。いくら用心したって、しすぎることはない」。公衆浴場の脱衣場ではたらく小母さんは、身なりに構わず、おまけに不愛想。けれど他の誰にも真似できない多彩な口笛で、赤ん坊には愛された―。表題作をはじめ、偏愛と孤独を友とし生きる人々を描く。一筋の歩みがもたらす奇跡と恩寵が胸を打つ、全8話。
著者等紹介
小川洋子[オガワヨウコ]
1962年岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞を受賞。同年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、13年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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rico
100
多くの人が気にもとめない片隅にあるものへのこだわり。あたりまえ、への違和感。そんな人々の世界を小川さんは淡い光の中に浮かびあがらせる。そして多分、もう1つの主題は子ども。芽吹き育つ、伸びやかな命。その季節の輝きに無自覚なまま、まどいつつも歩みを進める子どもたち。かつてそうでったあったことへの哀惜。見つめる大人たちの眼差し。奪われた未来への声にならない慟哭。全ての赤ん坊への無条件の慈しみを描く表題作は圧巻。この余韻を稚拙なレビューで形にしてしまうのが、何だかもったいなくて。久々の小川作品、堪能しました。2022/12/15
ふう
95
目を凝らしても見えない、耳を澄ましても聞こえない。でも、気づかないほどの小さなすきまに静かに在る世界。小川さんはそんなひっそりとした不思議な世界を見つけるのが本当に上手です。その静かな世界の心地よさにずっと浸っていたいと思うのですが、今回はちょっと見えない方がよかったかも、という世界もありました。「先回りローバ」が好きです。老婆じゃなくてローバ。いいですね。2020/09/05
エドワード
88
公衆浴場に暮らす白雪姫こと、お客さんの赤ちゃんの守りをする小母さん。小母さんという表記や天花粉という言葉のやさしさ、壁画の森という表現がメルヘンに富んでいる。帝国劇場で亡き伯母の面影を想起する切なさ。廊下に鎮座する黒電話への愛と畏れ。こういう気持ちってあったね。電話のリンリンの音が聞こえるようだ。小川洋子さんの紡ぎだす世界は昔物語になりつつある。若い人には感覚的にわからないかもしれないけど、同世代にはたまらない。かつてあった何気ない暮らしの描写が的確で、五感から幼い頃の記憶や感情を呼び起こされる短編集だ。2020/08/25
masa
69
そうにしかならない。あるがままを受容しつつ平易で隙のないことばに変換された物語たち。推しの作家と脳内で意思疎通を繰り返し、次第に現実の足元が曖昧になってゆく「仮名の作家」は真骨頂。多くの物語が感情移入するためには現実感を必要とするけれど、著者のそれは美しいものにも醜いものにも平等に不条理だから、空想が現実を呑み込んで空想のまま、酷く奇妙で生々しく読者へ迫ってくる。妊婦や新生児のような世界に祝福を約束されたものたちへの、それを当然と享受する傲慢さにほんの少しの忌々しさを含んだ視点がいつも恐ろしい小川ールド。2022/02/05
Vakira
63
洋子さんの珠玉の8編。いいです。ヨーコ節世界はたまに理系的視点で、宇宙や変わった生物が登場するので僕の感性に丁度良い。で、僕の創造脳はリラックス。時に優しく、時に悲しく、今回、艶ぽい官能感は封印なのは残念でしたが、静謐と癒しの掌編。吃音なのは僕の誕生日に6日の差があるから。かわいそうなのはシロナガスクジラの骨。迷子になったっていつも事だから大丈夫さ。あの作家の小説は全部暗記しているの。廃線にならない様に今日もこの電車に乗る。公衆浴場の片隅、赤ん坊を預かり面倒を見る、口笛を吹きながら・・・2024/02/09