内容説明
19世紀ロマン主義文学の病理を摘出した書として、久しく私たちの枕頭に置かれていたマリオ・プラーツの名著『肉体と死と悪魔』が、いよいよ邦訳刊行されると聞いて、今昔の感をふかくしている。世紀末デカダン文学を読み解くキーワードとして、今では私たちに親しくなっている「宿命の女」とか「つれなき美女」とか「アンドロギュヌス」とかいった語は、すべて本書によって市民権を得たといってもよいであろう。プラーツ教授の駆使する資料は18世紀の聖侯爵から英仏伊の世紀末文学まで、さらにラファエル前派やギュスターヴ・モローらの画家にまで及んで博捜をきわめている。
目次
メドゥーサの美
サタンの変貌
聖侯爵の旗印のもとに
つれなき美女
ビザンティウム
スウィンバーンと「イギリス風悪徳」
ダヌンツィオと「言葉にたいする官能的嗜好」
著者等紹介
草野重行[クサノシゲユキ]
1956年生れ。東京歯科大学助教授。専攻英文学
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感想・レビュー
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藤月はな(灯れ松明の火)
82
神話や幻想・怪奇小説に描かれるエロスとタナトスと血、サディズム、「神聖なものを穢している」と自覚して行う悪徳の甘美さ、悪女としての側面も持つファム・ファタールに対しての理性で欲望を抑えようとする男の滑稽さなどを古今東西の書物を交えて語り尽くした優美で玲瓏な伽藍。余りに蠱惑的な引用の味わいは、舌にまとわりつく様な渋みと酸味、痺れるような爛熟した甘み、もっと、欲しくなるような中毒性に満ちていて読む度に飢えていきそう。注釈も豊富で、おかげさまで読みたい怪奇・幻想小説が増えて嬉しさと困惑で頭を抱えそうになる。2018/09/29
傘緑
32
「博操をきわめ、しかも的を得た引例の数々がたがいに響きあって紡ぎ出すレミニサンスのシンフォニックなこだまに、われわれは魅せられる(解説)」怖れと蠱惑をもってその圧倒的な引用の洪水に呑み込まれました。プラーツが同族への愛情と憎悪を込めて「剽窃という行為は、もとの作品に対する愛着と共感とを暗黙裡に示すものだ」といってダヌンツィオの、「自前の声音と信じていたものが、実はこだまでしかなかった」としてワイルドの、煌びやかな作品から、巧妙に織り込んだ引用である剽窃の薄衣を、一枚一枚剥がしていく手際がエロチックだった 2016/11/11
roughfractus02
8
歴史の時空に固定されるロマン派なる語は、著者には固定を拒む過程、運動、力のようだ。それは、知の秩序から逸脱するが、対立的な立場にはならない。ゲーテ以降のカテゴリーを示すこの語に苦悶(agony)なる語を接続した本書は、古典主義との対立から逃れるように、死と腐敗の過程を表すメドゥーサの美、サタン像の変貌、責め苛まれる女の苦痛の時間、つれなき美女に対する心理の力学等を、整列する文字列を揺るがすような膨大な引用からなる情報の海に浮かばせる。それゆえロマン派を極端化し、自ら立場として固定するデカダン派には厳しい。2019/09/07
Yuzupon
8
タウンページばりの784ページにビビる。この本では、英仏19世紀末に栄えた怪しげな世紀末芸術をロマン主義の病んだ一面と捉えて批評している。古きローマへの懐古や幻想が円熟し、ローマ帝国の終焉の姿(デカダンス)に考えが及んだとき。そこには、産業革命後当時の英仏の状況によく似たローマ瓦解後の東方正教会圏の世界が現れる。キリスト教的秩序の荒廃した世界には、東洋の女神か女傑のような破滅をもたらすつれなき美女が微笑んでいるのだ。2013/08/18
明智紫苑
6
見事な大著の本編を読了。しかし、注釈の量もすさまじい。「第一部」はかなりしんどい内容だが、「第二部」は平穏な内容。西洋文明の恐るべき美学を記した名著だが、サディズム・マゾヒズムや悪漢・悪女ネタは結構きつい。少なくとも、宮城谷昌光氏の小説のような「美徳」を好む人たちとは相容れない内容である。それはさておき、この本の日本版並びに東アジア版が成り立つ余地はあるのだろうか? サディズム、マゾヒズム、悪漢・悪女は別に西洋文明の専売特許などではないからね。2025/05/16