内容説明
十八世紀末、革命前夜のパリに登場した奇跡の施術師アントン・メスメルの催眠療法はたちまち人々を魅了し、その動物磁気説は、物議をかもしながら全西欧へとひろがっていった。その〈無意識〉の発見は、後のフロイトの精神分析を準備するが、一方でメスメリズムはドイツ・ロマン派において魔術と混淆し、人を呪縛し支配する暗い力の源泉と化す。ホフマン、クライストからバルザック、ポー、ホーソーンをへて、ヘンリー・ジェイムズ、D・H・ローレンス、トーマス・マンへ、さらにはカリガリ博士、ヒトラーへと受け継がれていく〈魔の眼〉の系譜をたどりながら、疑似科学が時代の精神、文学作品にあたえた影響を跡づける。
目次
第1章 メスメルからフロイトへ―動物磁気、催眠、暗示
第2章 電気による救済―科学、詩、「自然哲学」
第3章 雷鳴・稲妻・電気―ハインリヒ・フォン・クライストの戯曲にみる悟りの瞬間
第4章 盲目と明察―E.T.A.ホフマンの作品にみる幻視体験
第5章 意志の形而上学―バルザックの『人間喜劇』の窃視者と見者
第6章 主人と奴隷―ホーソーンの作品における創作過程
第7章 科学小説から精神分析へ―ヘンリー・ジェイムズ『ボストンの人びと』、D.H.ローレンス『恋する女たち』、トーマス・マン『マリオと魔術師』
付録 メスメルの命題
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
にかの
4
メスメリズムについてその変遷を文学史との関わりを中心に論じた本です。19世紀にはメスメリズムなるオカルト価格が隆盛を見せており、オーストリアからはじまりフランス→ドイツ→フランス→イギリス・アメリカと流行の流れを見せてフロイトの精神分析をもってオーストリアに至る、その流れの中でいかに広汎な文化に影響を与えてきたかがこの本を通じてわかります。文化・文学を知る上でこういった側面があったことを始めて知り、大変参考になり、なかなかに読みごたえのある内容でした。2012/12/01
∃.狂茶党
3
本書はメスメリズムに、好意的であれ、批判的であれ、魅了された、作家・作品たちの検討による、文化史です。 文芸評論でもあるし、19世紀ヨーロッパ人の見ていた景色を捉える本でもあります。 神秘主義や、ヨーロッパ、歴史などの本を、今年読み漁っていたこともあり、いろいろな物事が結びついていきます。 時代精神とでも呼ぶべき何かが描かれるのですが、これは今も進行している「何か」についての本でもあります。 私たちが、歴史に学び立ち返るべき理由は、現実をきちんと見るためだと思います。 2021/05/27
nanchara_dawn
3
18世紀末のパリに現れた施術師、アントン・メスメルが編み出した磁気催眠療法は、物議を醸しながら欧州全土に広まり、フロイトの精神分析の源泉となった。また、メスメリズムはバルザック、ホーソーン、ヘンリー・ジェイムズ、トーマス・マンなど多くの文学作品に影響を与えている。その大半は「まなざし」によって他人を支配する、という、多分に性的な含みを持った形で作品に登場しているのだった。2013/08/15
misui
2
アントン・メスメルが創始した磁気催眠療法は、各地で物議をかもしながら、19世紀に至ってはフロイトの精神分析へとたどり着いた。本書はクライスト、ホフマン、バルザック、ホーソーンらの作品から、メスメリズムが文学に与えた影響を読み解く。電気や熱などの「流体」が物に作用するという理論を元にしたメスメリズムは、術者の目から放たれた磁気が作用して催眠状態を引き起こすというあやしげなものになっていく。それは無意識の世界を、支配/被支配の関係を描き、20世紀には独裁者の手段にもなる……なんてのはできすぎな気もするが。2012/05/11
毒モナカジャンボ
0
メスメリズムから精神分析までの系譜を辿りつつ、並行する文学状況を見ていく。動物磁気は最初は超地球的な外在から到来するものだとされたが次第に生物に内在するようになり、最終的に施術者と被験者間の親密な関係によって成立する催眠術という心理現象に落ち着く。フロイトは自由連想法を開発し転移の危険を退け催眠術から脱出した。電気、磁気の力を強力な啓示的現象として捉えていたクライストあたりから次第に悪魔的な、邪悪な催眠術使いとしてメスメリズムが描かれだす。文学におけるメスメリズムに終止符を打ったのはヘンリー・ジェイムズ。2020/06/01