目次
第1章 「退屈」の諸相
第2章 祭儀論・遊戯論への疑問
第3章 哲学、人類学からのアプローチ
第4章 霊長類学からの挑戦
第5章 「関心がある」とはどういうことか
第6章 文学と退屈
第7章 唯退屈論の構想―恋愛と宗教
第8章 戦争と平和と退屈
第9章 理性の過ちは理性によって乗り越えられる
著者等紹介
小谷野敦[コヤノアツシ]
1962年茨城県生まれ。東京大学英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了(学術博士)。大阪大学助教授を経て現在、東大、明治大非常勤講師
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
内緒です
11
図書館で借りた本。「手早く結論を知りたい読者は4章と7章から読むことを勧める」と書いてありましたので、まずは4章と7章だけ読みました。全部読まないとこの本の良さが分からない気がしましたので、落ち着いたら全部読みます。2013/09/19
coaf
7
残念ながら退屈な本だった。自分を世界に合わせていくのではなく、世界におかしなところがあれば、それを変えるべく努力せよ、という主張は評価してよいと思う。2013/05/29
梟をめぐる読書
7
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』以前の「退屈論」として面白く読んだ。さすがに「人間は農耕生活に移行し、初めて退屈を覚えるようになった」という國分の仮説のインパクトを超える文章は出てこないが、國分が根源的退屈の処方箋としての「決断主義」を揶揄的にしか書けなかったのに対し小谷野は「世界を変えたいのなら自分が変われ」式の結論を拒否して「社会や自分の周囲に、おかしな点、不条理なことがあったら、それを変えようという努力をすべき」とはっきり断じてくれていて、そこは好感がもてる。ただ、……(コメントに続く)2012/10/04
AR読書記録
4
そうか退屈ってこれまであまり考察の対象になってなかったのか。2016/03/01
shishi
4
[A-]文学や人類学、サル学などを参照して、人間の様々な行為(書くこと、戦争、セックス、遊び、宗教etc.)の根源には退屈があるという「唯退屈論」を主張。退屈にまつわるスノッブなエッセイという感じで読んでいて退屈はしなかった。けど、何でもかんでも退屈にこじつけちゃうのはいかがなものかと。退屈もさまざまな行為の発生要素ではあるだろうけど、他にも発生要素はありそれらが複雑に絡みあっているのだと思う。時代背景の解説など細部細部で、いろいろ勉強にはなった。2013/12/10