内容説明
純粋で真面目な青年ドン・ホセは、カルメンの虜となり、嫉妬にからめとられていく。軍隊を抜け悪事に手を染めるようになったホセは、ついにカルメンの情夫を殺し、そして…(「カルメン」)。黒人奴隷貿易を題材に、奴隷船を襲った反乱の惨劇を描いた「タマンゴ」。傑作中編2作を収録。
著者等紹介
メリメ,プロスペール[メリメ,プロスペール] [M´erim´ee,Prosper]
1803‐1870。フランスの作家。パリ生まれ。名門高校を出てパリ大学で法学を学ぶ。その後サロンや文学集団に通うなど、親がかりの遊民生活を送る。1825年、『クララ・ガスルの戯曲集』で作家デビュー。’34年「歴史的記念物視察官」に着任。南仏、アルザス、ノルマンディー、コルシカ、バスク地方、マドリードほか各地の視察を長きにわたり続ける。’44年、アカデミー・フランセーズ会員に選出。’53年には元老院議員に任命された。’70年、カンヌで死去
工藤庸子[クドウヨウコ]
東京大学名誉教授。専門はフランス文学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
82
考古学者の私がアンダルシアで出会ったドン・ホセとカルメンにまつわるささやかな物語。かつてシーザーが戦ったムンダの古戦場を調査するため訪れたコルドバで、自由を愛するボヘミア美女カルメンとそれを御そうとする男どものぶつかり合い。愛が憎しみに変わるのは止めようがないのか。バスク出身のドン・ホセの「人は知らず知らず悪党になるものです」の言葉通り墜ちてゆく様が哀しい。ガスパチョや革袋に入ったモンティーリャ・ワイン、アルカラのパンなどスペインならではの食の想像もまた楽し。マリア・カラス「カルメン」を聴きながら。2020/05/31
パトラッシュ
68
ビゼーのオペラでわかった気分になっていた『カルメン』だが、メリメの原作に闘牛やフラメンコなどの明るい要素はない。むしろファム・ファタールに取り憑かれ犯罪に走って破滅する男の犯罪心理小説の色彩が強く、またジプシーのカルメンとバスク人ドン・ホセの関係はスペインの少数民族問題も絡んだハードボイルド的な暗さがにじむ。併載の『タマンゴ』も奴隷船での黒人反乱を描き、人身売買に殺し合いと漂流船の飢餓と暗黒のドラマが展開する。ロマン主義文学を加速させたメリメだが、歴史小説家としてはリアリズムを追求する側面が強かったのか。2021/01/07
molysk
62
純朴なバスクの青年ドン・ホセが見初めた、流浪のボヘミア娘のカルメン。その魅力の虜となって、軍隊の伍長から身を持ち崩して、密輸や追い剥ぎなどの悪事に手を染める。すべては愛するカルメンのため。嫉妬に駆られて、ついにカルメンの情夫を手にかけるも、奔放なカルメンはすでに別の闘牛士に心を移していた。どれだけ愛おしくとも、決して自分のものにはならない。なによりも自由を愛するカルメンに、ドン・ホセは――。筆者のメリメは、文化財保護を担う官吏として活躍した。民族学の造詣も深く、カルメンとドン・ホセの描写に彩りを添える。2022/09/20
Willie the Wildcat
61
主体的に自由を謳歌するカルメンに対して、自由を取り戻すタマンゴ。愛に振り回されるホセ、対照的に愛に追随するアイシュ。迎えた切ない結末の共通性の根底に、現代でいうマイノリティを取り巻く世相。故の自由に伴う犠牲を暗示している感。巻末の『解説』で知る著者の執筆背景。後述の『メリメ年譜』も、それを裏付け。フランスの奴隷制度廃止の経緯は印象的であり、著者の転機となった感。2024/10/19
アナーキー靴下
59
ファム・ファタール、憧れるなあと、読んでみた。語られる通りドン・ホセの視点に立てば、カルメンはファム・ファタールのようだけれど、カルメンの視点を想像してみると、ドン・ホセこそ強い吸引力を持っているように感じられる。純粋だが間抜けで激しやすく、かと思えば突然涙をこぼす…。「おまえさんに惚れた自分も、つくづくいやになった」カーリ(ジプシーの女)としての生を阻むものは、目の前のドン・ホセだけでなく、彼女自身の中にもあったのだろう。最終的に、自分に惚れた相手から逃げることでしか、自由を実感することができない。2025/04/16