内容説明
「私の内面には、瞹昧な不安が、だんだん増大しつつ定着していた。早晩必ず何事か異変が起こるにちがいない」。誰かスパイのような“告げ口屋”がいる―東堂太郎の抱く漠たる不安が内務班全体にも広がり始めた。丁度その頃、ついに“大事”が発生。続いて始まった“犯人探し”は、不寝番三番立ち勤務の四名に限られた。その渦中に登場する冬木二等兵の謎めいた前身…。
著者等紹介
大西巨人[オオニシキョジン]
1919(大正8)年福岡市に生まれる。九大法学部中退。新聞社勤務を経て、召集により対馬要塞重砲兵聯隊に入隊。45年に復員後は福岡市で『文化展望』を編集。47年『近代文学』同人。52年上京して「新日本文学」常任中央委員となる。72年同会を退会。戦争・政治・差別問題を中心に執筆活動を行っている
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感想・レビュー
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おたま
46
第三巻は、第五部「雑草の章」と第六部「迷宮の章」を収める。主として、第1班で起こっているらしい、「事件」について語られていく。それはどうも銃剣やその鞘にまつわる事件らしい。この辺りから、次第に物語が動き始め、ミステリーの語り口に似て来る。まだ全貌の捉えられない事件は何か?誰が何をしたのか?事は軍隊にとって非常に深刻な事態ではないか? 曾根田等の口から、次第次第にその様相は語られていく。そうした中で、どうも不審な動きを示す吉原と冬木の二人。彼らの関与がどのようなものかが、今後の焦点となりそうだ。2025/12/08
踊る猫
29
ここに来て、大西巨人お得意のミステリ風味が活きて来た。サスペンスで吊って行きながら、ところどころで笑いを取り展開して行くその語り口は実に見事。ただ、ちょっと中弛みを感じたのは読者として先を急ぎ過ぎたせいか。トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』を読みたくさせられた。良質な読者であった大西巨人の面目躍如といったところか。こうして様々な本と触れ合えるのも読書の楽しみ。挫折した時は三巻の最後まで辿り着かなかったので、ここからが正念場ということになる。あまりラストまで焦ることなく、じっくりと読み進めて行こうかと思う2019/07/19
松本直哉
26
個を抹殺して規格化しようとする軍の秩序に逆らって個であり続けるためには反時代を貫くこと、そのためには古典に沈潜して古典から今を逆照射すること、それゆえ語り手はあれほど膨大な、江戸漢詩からトーマス・マンに至る引用をしたのかもしれない。身体はどれほど束縛されても脳みそまでは束縛されまいという強い意志。部落差別をめぐる隠微なやりとりが伏流水のように明滅する。人を焼いていたとあっさり白状する元隠亡の橋本と、出自をめぐる噂に超然として寡黙に距離を置く冬木の対照的な二人と、後者に惹かれる東堂と。謎は解かれぬまま四巻に2019/09/23
おおにし
18
全5巻を読了して振り返ると、第3巻が一番しんどかった。ここで挫折したくなかったので、流し読みでページを進めた部分が何度もあった。剣𩋡すり替え事件の波紋がどんどん大きくなっていく中、冬木が嫌疑をかけられた理由が出自以外のどんなことなのか分からないまま3巻が終わってしまった。この巻で特に印象に残ったのは、歌人明石海人のこと、床屋が差別される職業であったという驚きなど。2019/08/24
みつ
17
この巻の前半では被差別部落民の詮索が多くを占め、軍隊においても隠然と存在する差別意識が学歴意識と対照されるかのように話し込まれる。とともに組織内の「異変」についての憶測が飛び交うが、彼らが何について話しているかは、後半(単行本p232〜)に至るまで判然としない。それより先に示される陸軍刑法の苛烈な刑罰(死刑の規定が極めて多い。p174)が、ただならぬ自体であることを暗示する。一番印象的だったのは主人公の片想いの回想。「トニオ・クレーゲル」(私も幾度となく読み返した本)の引用とともに語られる(p198〜)。2021/05/02




