出版社内容情報
教育の分配における「公正さ」とは何か。本書は「財」としての教育の「公正な」分配のあり方を解明すべく、ロールズ、サンデル、ノージックらの諸理論を検討する。
教育の分配は、もはや「教育機会の平等」分配だけでは、公正性を保障できない。関連する諸理論を縦横に考察し、人それぞれの環境条件の個別性を配慮した上で、能力格差を生み出す根源に迫る。国家の枠組みがグローバル化する中、国家がなお教育の分配主体として機能しうるかどうかを原理的に考察。分配の本質に関わる問題に切り込む。
関連書:同著者『リベラリズムの教育哲学』(小社刊)
はじめに 分配・教育・国家
序章 分配論と「教育の視点」
1 分配論と教育の関わり
2 教育の視点
3 平等理論の分配論
4 経済・倫理・教育
5 善・正と卓越主義
Ⅰ部 格差と公正
第一章 環境が人をつくる、か?──学力格差をめぐる「公正」──
1 教育と環境
2 「格差問題」
3 環境決定論
4 格差と偏差
5 ローマー・ケース
6 努力と実績
7 モラル・ラック
第二章 階層と個人の選択意思
1 「格差問題」から「排除問題」へ
2 個人の選択意思の形成
3 選択の道徳的問題性
補論1 選択による教育財の分配、その問題性
Ⅱ部 分配論の諸相と能力開発──ロールズ・サンデル・ノージック──
第三章 平等理論と多様な能力
1 平等理論と不平等の根源
2 ロールズの「格差原理」と教育の分配
3 格差原理と「自然による分配」
第四章 共同体理論と共同資産としての能力
1 能力と能力差
2 能力の所有とその帰属
3 徳と共同体の再建
4 危機にあるコミュニティ
第五章 権原理論と自然資産としての能力
1 教育の権原論
2 自己努力と選択意思
3 教育資源の分配原理
4 能力論と教育論
Ⅲ部 国家と教育分配の主体
第六章 「規制緩和」後の国家/市場と教育──分配の主体は誰か──
1 問題の所在
2 市場原理とネオリベラリズム批判
3 教育分配論の不可避性
4 国家/市場と共同体
補論2 国家と教育──アリストテレス『政治学』を読む──
第七章 リベラリズムと変貌する国家──公共性・他者性・多元性──
1 ローティと国家
2 アメリカニズム・リベラリズム・プラグマティズム
3 リベラリズムの論点1──公共性
4 リベラリズムの論点2──他者性
5 リベラリズムの論点3──多元性
補論3 共通理性と教育
終章 優先論と「教育倫理学」
1 優先論
2 緊急性という基準
3 稀少財と「社会的限界」
あとがき 平等主義の鍛え直し
文献
事項索引
人名索引
内容説明
本書は分配の公正さを保障するのは何か/誰か、という論点に着目していくことにするが、その理由は、社会の他の公共事業部門と同じように、教育の部門でも運営形態の私事化と、市場化と、分権化が進み、国家による一律の規制と補助のシステムが後退してきており、そのなかで、国家の積極的な関与なしに教育の分配に公正さが保てるかどうかが、改めて検証されなければならなくなってきているからである。
目次
分配論と「教育の視点」
1部 格差と公正(環境が人をつくる、か?―学力格差をめぐる「公正」;階層と個人の選択意思;選択による教育財の分配、その問題性)
2部 分配論の諸相と能力開発―ロールズ・サンデル・ノージック―(平等理論と多様な能力;共同体理論と共同資産としての能力;権原理論と自然資産としての能力)
3部 国家と教育分配の主体(「規制緩和」後の国家/市場と教育―分配の主体は誰か;国家と教育―アリストテレス『政治学』を読む;リベラリズムと変貌する国家―公共性・他者性・多元性 ほか)
著者等紹介
宮寺晃夫[ミヤデラアキオ]
1942年東京に生まれる。1965年東京教育大学教育学部教育学科卒業。1973年東京教育大学大学院教育学研究科博士課程(教育学専攻)単位取得退学。1986‐87年ロンドン大学教育学研究所教育哲学科客員研究員。1995年博士(教育学)(筑波大学)取得。現在、筑波大学人間総合科学研究科教授(2006年4月より筑波学院大学情報コミュニケーション学部教授)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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