内容説明
ひと回り年上の作家の夫に小説の題材にされ、書かれることで自身の全てを奪われてきた主婦の琉生。ある日、大量の植物の種を飲んで発芽した彼女は、やがて、家をも街をものみ込む森と化した―。編集者、夫の不倫相手、夫、そして妻自身へと視点人物を変えながら、夫婦の犠牲と男女の呪いに立ち向かってその関係に新たな光を見出し、英訳されて欧米でも話題の傑作!
著者等紹介
彩瀬まる[アヤセマル]
1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒業後、会社勤務を経て2010年「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。『くちなし』(直木賞候補)、『やがて海へと届く』(野間文芸新人賞候補)、『森があふれる』(織田作之助賞候補)、『新しい星』(直木賞候補)など、著書多数。本作は、著者初となる英語版とイタリア語版が刊行され欧米で話題に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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konoha
48
人が植物になる話をこんなに自然に読ませるのは彩瀬さんだけだ。編集者の瀬木口は担当作家の埜渡から妻の琉生が発芽したと告げられる。夫婦2人の妖艶な世界で完結してしまうかと思いきや、不倫相手の木成、若い女性編集者の白崎と鮮やかに語り手が変わり、男らしさ、女らしさの定義に揺さぶりをかける。夫婦の異常事態に語り手が戸惑い、自身の人生の気付きを得るのが面白い。白崎は琉生と出会い埜渡の創作にまで切り込むのが印象的。埜渡の生活感やリアリティーは彩瀬さんの経験が生きていると思う。2024/10/23
dr2006
39
正しさだけで人間が構成できると信じる女の物語。琉生は売れっ子作家の妻だ。夫の不規則な作家活動を支え家事全てをこなす。反対意見をせず自我を抑え、肉体と性を家の中に閉ざし夫に尽くす姿は、夫の領内で飼われた愛玩の様だ。衣食住に困らないがある意味社会から隔絶された生活だ。そんな中、夫が講師を務める小説講座で女生徒と恋仲になる。対立を避け夫の不倫にさえ正しさを見出し責めることがでない琉生は、草木の種を食べて発芽した。やがて彼女の想いは森になった。生物を擬人化するのではなく、人を森林化することで表した心の視点が斬新。2025/10/08
piro
34
「妻が発芽した」ホラーとも奇譚ともとれるインパクトある展開から始まる物語。作家・埜渡徹也の妻・琉生(るい)の声にならない叫びが森に姿を変え、あふれるように繁茂するにつれ、その感情に絡め取られる様に引き込まれました。根深い固定観念、男女それぞれに刷り込まれた価値観がもたらすジェンダーの壁やすれ違い。琉生の叫びは、彩瀬さんの、そして世の多くの女性達の叫びなのだと感じました。「森」はどことなく恐怖感を与える神秘的な場所。そこに足を踏み入れ、迷い、感じることで性差を超えた真の理解に近づくことができるのかも。2024/07/13
よっち
33
作家の夫に小説の題材にされ続けて植物の種を一心不乱に食べ続けて、身体から芽吹いて森と化した妻。壊れた作家夫婦と彼らに関わった人々の物語。家でどんどん森を侵食させてゆく妻と、それを題材にして執筆する夫の狂気。彼らに関わった担当編集者たちや不倫相手の家族関係にもたらした様々な歪み。妻の不在が作家として決定的な停滞をもたらしたのに、それにすら慣れてしまう懲りない作家と妻のどこまでも噛み合わない会話には絶望を感じましたけど、それでも夫にようやく話し合おうとする姿勢が生まれたことに希望を感じるべきなんでしょうか…。2024/06/06
kana
32
小説家の夫に題材にされ奪われてきた妻がある日発芽して、家も街ものみ込む森になるってどういうあらすじ!?と思って冒頭読んだら言葉通りで衝撃&ツボすぎて購入。書くことは奪うこと。勝手な解釈でより雄弁な方が他方を沈黙させること。男女の呪いが致命的なすれ違いを生み出すこと。共に生きる難しさ。狂った展開なのに目を開かされる、普遍的に感じる表現が続き付箋がいっぱい。そうそうと頷くことしきり。「コミュニケーションギャップを書きたい」とインタビューで著者が話すのを見ましたが、まさに対話を拒まない強さに終盤ぐっときます。2025/03/24