内容説明
慧君がかたむける魔酒の向こうに夢幻と幽玄の世界が官能的に交叉する―『よもつひらさか往還』と『酔郷譚』を合本し、孤高の文学者・倉橋由美子が亡くなる直前まで執筆していた珠玉の連作綺譚シリーズを全作収録した初の完全版。
著者等紹介
倉橋由美子[クラハシユミコ]
1935年、高知県生まれ。大学在学中の60年、「パルタイ」で明治大学学長賞を受賞。同作が芥川賞の候補となる。61年、短編集『パルタイ』で女流文学者賞を受賞。63年、田村俊子賞を受賞。87年、『アマノン国往還記』で泉鏡花文学賞を受賞。2005年6月10日、永眠(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
210
倉橋由美子が「亡くなる直前まで執筆していた」と聞けば、感慨もひとしお。本書は、「サントリークォータリー」誌に連載されていた掌編をまとめたもの。すべての物語にカクテルが絡むのだが、それと同時に様々な詩文が、実に巧みにその夢幻世界の構成に寄与している。唐詩あり、王朝和歌あり、俳句あり、さらに謡曲から頼山陽、はては塚本邦雄にいたるまで、もう縦横無尽。「ながめつつ思ふもさびしひさかたの月の都の明け方の空」―新古今の藤原家隆のこの歌を大いに見直すことに。この、あたかも本歌取りのような小説は金井美恵子に引き継がれる。2014/05/26
しゅてふぁん
56
連作短編集。ひとつひとつは短い話なのに、とても濃密な雰囲気を醸し出しているのでさらりと読むことが出来ない。読み終わるのが勿体なくて、ゆっくりゆっくり楽しんだ。ヒトではないマスターの九鬼さんが作るカクテルで異界を彷徨い、ヒトならぬモノと戯れる慧君。夢幻とは、彷徨うとは、そういうことかと教えてくれる読書体験。否応なしにこの不思議な世界に引き込まれる。何度も繰り返し読み込んだら、慧君と同じように夢幻の世界で歓を尽くすことができるかな。2021/06/28
たーぼー
52
慧くんのような貴顕には酔狂で妖しげな芸術観が生来、備わっているものと痛感する。それは小市民的な憧れの幻視に他ならないかもしれない。しかし三島の『貴顕』の柿川と同様、『そういう姿が似つかわしい』と思わせる説得力があるのも事実だ。とりわけ生を蝕むことへの尋常ならざる関心は富、権力、宿命、あらゆる動揺に対し調和的に自我を保とうとする証ではないのか。人間の死肉を思い、死んだ者たちはどこへ行くのか?を思い九鬼さんの毒々しい色のカクテルを呑む慧くんの姿は虚しくも特権を振りかざし、この退廃を愉しんでいるとしか思えない。2018/08/24
HANA
38
奇妙なバーテンダーの作るカクテルを呑むと、そこはいつの間にか異界への入口。そこは桃源郷であったり、安達原の一ツ家であったり、蜃気楼の中であったり。いずれの話も精神的貴族慧君の異界遍歴譚という形をとっているが、いずれの話もそこに棲む女性との交歓を描いたもので、悪く言えばワンパターン。しかし異界の圧倒的な幻想がそれを防ぎ、逆に読む手を止めれなくするのはひとえに著者の筆力故かな。この主人公のような体験ができなくてもいいから、お酒を呑んで夢とも現ともつかない状態をたゆたっていたい。そんな気にさせられる小説だった。2012/11/26
たまご
27
「よもつひらさか往還」+「酔郷譚」があわさった,なんと贅沢な…! 電車の中で,ちょっと読んで,眠くなったら寝て,また起きてちょっと読んで,ということを繰り返しながら読み終わりました.こんな読み方にぴったりな感じでした. 春の花,むせかえる緑,燃え立つ紅葉,しんとした白銀の世界,と,頭の中が色彩豊かになりました.映像化,見てみたいなー.でも,内容的にダメなのかなー.2018/07/30