シリーズ・道徳の系譜<br> 弔いの哲学

シリーズ・道徳の系譜
弔いの哲学

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  • サイズ B6判/ページ数 137p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784309241937
  • NDC分類 114.2
  • Cコード C0010

内容説明

弔いとは「断絶」を思い知ること。死と生を断ち切るなかから新しいモラルをたちあげる哲学入門。

目次

1 葬礼論
2 亡霊論
3 戒律論
4 贖罪論
5 忘却論

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

シッダ@涅槃

27
図書館本。相互貸借利用。ぷっつり終わります。ただ「『生きることはよい』『殺すことはない』だけでモラルは足りる」という立場から、こうも様々な問題を切れるものだなと、力量に舌を巻く。もっとも印象に残っているは贖罪論。もし仮に人を殺してしまって、罪を贖わくてはならないとしたら、それは「出世間」してただただ「死」を待つしかない、というところ。歴史的にはそういった「出世間」者の場があった(寺社、山林、家屋敷……)。最後に何故かこういった本は清々しい。2020/10/01

松本直哉

25
逃げてしまった弟子たちではなく、十字架から遺骸を下ろし、墓に葬ったアリマタヤのヨセフたちに、弔う資格がある。死者の名を呼び死体を運ぶものだけが、生と死の断絶を知る。それを見失って死者を抽象化するとき、生と死は関連づけられてしまう。イエスの死によって贖われただの、英霊のおかげで今の日本があるだの、すべてたわごとでしかない。子どもの死を嘆いた紀貫之が土佐日記の最後に「疾く破り捨てむ」と書いたように、死者をめぐる言説は紙くずでしかない。生き残った者にできるのは、顔を思い出して名を呼ぶことだけなのかもしれない。2020/04/10

overture

7
誰かの死と私の生は断絶していて、弔いとはその断絶を思い知ることだ。顔の見えない抽象的な「死者」という観念が亡霊のように生を脅かすこと、あるいはその「死者」によって生が意味づけられることを拒否し、生は生それだけで肯定されるべきものだと著者は考えたいのだと思う。分かったところだけでも面白い指摘も多く、考えるべきこともあるのだけど今の自分にはまだ感想がうまく言えない。2013/10/09

糸くず

5
「・弔いは、誰かの死と私の生の断絶を思い知ることである。」「・モラルは、〈生きることはよい〉と〈殺すことはない〉だけで足りる。」「まえがき」の一番最初に述べられているこの二つの命題、それがこの本の全てである。命題はシンプルだが、著書がこの命題を決して手放さないゆえに、この本は凄まじい。死者が生者の生を規定するような考えは全て妄想にすぎない。死者と生者の現実的なつながりは、生存のための人肉食と臓器移植のみだ。したがって、国家のための死を崇高なものとするベネディクト・アンダーソンは「最低の歴史家」である。→2020/09/15

amanon

3
百数十頁にも満たない小部な一冊なのにも拘わらず、内容は深く重く、そして多くの示唆に満ちている。読み進めていく上で「あれ?」と思ったり、納得できなかったりする箇所も散見されるが、「死」とは何か?を考えていくうえで多くの問題提起がなされていることに間違いはない。一つの観念となった「死」に対して、死体が持つリアリティ。普段忘れられがちなこの事柄の乖離について、改めて考えさせられることになった。また、他者の定義を巡る、デリダとレヴィナスの論争はとりわけ興味深く読めたか。今後このテーマはますます重くなっていくはず。2017/06/22

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