内容説明
道徳の教科化は、国家による価値の押し付けなのか。それとも道徳教育再生の切り札なのか。道徳教育の新たな地平を拓くために、道徳の教科化について真摯に向き合うべき時が来ている。まさに「再生」か「溶解」かの正念場。そんな思いの中で、著者は本書を編んだ。
目次
第1部 「道徳の時間」をどう活性化させるか(「修身科=悪玉論」だけでは何も解決しない;修身科は今も清算されてはいない;急がれる「教育勅語後遺症」の克服;何が「道徳の時間」を形骸化させているのか ほか)
第2部 「生命に対する畏敬の念」をどう育てるか(何が宗教教育を「タブー視」させてきたのか;錯綜する「宗教的情操」と「生命に対する畏敬」の関係;スピリチュアリティと道徳教育;「死者への視線」を欠いた「生命に対する畏敬の念」 ほか)
著者等紹介
貝塚茂樹[カイズカシゲキ]
1963年茨城県生まれ。1993年筑波大学大学院博士課程教育学研究科単位取得退学。国立教育政策研究所主任研究官などを経て、武蔵野大学教授、博士(教育学)。専攻は日本教育史・道徳教育論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ぷりん
14
今の道徳教科化に戦争が大きな爪痕を残していると思った。「修身」「教育勅語」「愛国心」全て危険なもののようにとらわれがちで、今の教科化は、あのころとは違うって必死に訴えている感じがしました。教育勅語、修身について勉強しようかな?2015/12/18
ゆうぼう
2
ここ数冊、読んでよかった!という本に巡り会えていない。 この本が悪かったわけではないのだが・・・。 自分が子供の頃(自分が学んだ小学校・中学校は廃校となり、もう既に存在しないが)、道徳の時間はあった。が、確かにきっちりと授業をやった憶えがない。道徳教育は大切であるが、教科として教えるのではなく実習として体感することが大事というフレーズはいたく気に入った。わたし自身日本人としての根幹を学んだのは祖母からの薫陶だったように思うから。そういう生きた先達が最早存在しないという事実を踏まえて、今後の教育を考えていか2012/12/27
ジム
1
図書館リサイクル本。改めて学校教育の限界を感じた。そもそも道徳を教科として定めるようになった最大の要因はいじめです。いじめは良くないと子どもたちに教えても一向に減る気配がないから、思いやりや優しさ、感情的になるキレやすさなどを対話や議論によって向き合おうというものです。ところがいじめは子どもたちの中にある有用感の欠乏が引き金となっていて、一人一人に有用性を与える教育などはしてきた試しもありません。むしろ、成績や才能のある子たちにばかり有用感は与えられ教育現場はつねにトラブルを起こしやすい環境にある。2019/03/05
入江・ろばーと
1
“いかにも”な貝塚節。理路整然としてる分、思わず乗せられそうになるが、よくよく読んでみると「ん?」となる部分も。 2014/08/08
なりあきら
1
基礎演習の参考文献として。貝塚氏の教科化論がもっともよくまとまった本である。2014/07/31




