出版社内容情報
北欧の孤島で突然姿を消した支倉冬子。充たされた生の回復を求める魂の遍歴……。辻邦生の原点をなす金字塔。創作ノート抄を併録
内容説明
北欧の都会にタピスリの研究に訪れ、ある日、忽然と消息を絶つ支倉冬子。荒涼たる孤独の中、日本と西欧、過去と現在、過酷な現実と美的世界を行きつ戻りつ、冬子はどのようにして生きる意味と力をつかんでいったのか…。西欧的骨法による本格小説を日本に結実させんとする、辻文学初期傑作。創作ノート抄を併録。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
385
辻邦生の初期の代表作の一つ。ここで採られた小説作法は伽藍や建築物を造営するといったものではなく、作品に即して言えば、精緻な織物を織り継いで行くようなものであった。けっして饒舌というのではないが、紡ぎ出される言葉の一つ一つは極めて細密である。イメージ造詣の核となるのは、冬子が幼少期を過ごした樟の屋敷と「グスターフ侯のタピスリ」であろうが、これらは冬子の中の時間を超越する存在でもあった。そして、静謐と仄暗さを伴った透明感に満ちた北欧の風土と空気とは、そのまま冬子に重なり合う。時間が静止したかのような物語。2022/03/06
奥澤啓
28
辻邦夫の膨大な作品群のうち、どれがいちばん素晴らしいだろうか。いくつかあげよ、ときかれたら答えに窮する。辻邦夫という作家には失敗作がないのではあるまいか。すべてが上質な物語の世界を持っている。初期の作品であえてあげれば、『回廊にて』と『夏の砦』に落ちつくだろうか。『夏の砦』の冒頭部分は佐保子夫人の子供時代が反映しているという。純粋な真実の美しさを追い求めた主人公支倉冬子の求道者的生涯が、緻密で緊張感が漂う格調高い文体で描かれる。魅惑的な小話の数々。物語を読む醍醐味を味わえる戦後文学の金字塔である。2014/12/05
あきあかね
21
織物工芸を学ぶため北欧にやってきた支倉冬子は、北の海の孤島へヨット周航に出たまま消息を絶ってしまう。 語り手である「私」が冬子が遺した手紙や日記を整理するなか、自身の過去に対峙し、生や美を考え抜こうとする支倉冬子という一つの精神の遍歴が次第に明らかになってゆく。一文一文が極めて濃密であり、北欧の冷涼で透き通った静謐な空気が、物語を満たしている。 冬子の最後の書簡の最後の一文は、切ない明るさを放っている。「真昼の永遠の光の下で目をさますために、深いねむりに入りたいと今はそれだけを考えているばかりです。」2019/05/01
ネムル
14
さりげなくダークなガーリッシュ文学だった。北欧に織物を学びに来て、そのまま失踪した女性の謎を手紙や日記を紐解きながら追うというミステリ仕立ての作品で、北の冷気と荒涼な孤独に終始包まれている。過去を乗り越え如何に生を取り戻すか、その生が如何に芸術に結びつけられるか。こうした芸術小説としての体裁はミステリに似たテイストでもあり、また崇高なる美の讃歌、美の救済でもある。なんというか非常に勇気づけられた。まだ2作しか読んでないのだが、辻邦生は積極的に追っていきたい。2016/10/10
ジュンコ
14
主人公の女性が残した日記や手紙を頼りに、友人である語り手が、彼女の生きた世界を甦らせる。孤独や悲しみを抱えた主人公の思いと、芸術に馳せる思いが繊細かつ流麗に描かれている。グスターフ候のタピスリー、見てみたい。2016/08/24
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