内容説明
「今も私の心の中に遠藤は生き続けています」。入退院を繰り返す生活。抱腹絶倒のイタズラの数々。母との絆と信仰への道。『沈黙』『深い河』の成立の背景。最後まで衰えることのなかった文学への執念…。四十年余りの間、遠藤さんを支え続けた夫人が、様々なエピソードを交えながら語る遠藤周作の文学と人間の素顔。
目次
第1章 私は終わりじゃない―最期のメッセージ
第2章 ホーリィであれ―母の力
第3章 母からのバトンタッチ―出会い・婚約・新婚生活
第4章 雪月花―夫婦の絆
第5章 謎の踏み絵―文学の道程
第6章 愉しみの日々―樹座・軽井沢・イスラエル
第7章 「復活」の意味―『深い河』をめぐって
第8章 夕焼け雲の啓示―医療への提言
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
駄目男
5
私が遠藤周作さんを読んでいたのは思い出すにおそらく昭和49年頃ではなかったかと思うが、どうもはっきりせぬ。五木寛之と交互に読んでいたことは確かなのだが。しかしキリスト教を扱った純文学ではなく大衆文学的なものばかり。本書は聖心女子大学文学部教授の鈴木秀子という方が夫人の順子さん相手にインタビュー形式で綴られた本。昭和28年新宿の焼き鳥屋でクリスマスの婚約、純文学を書いている時はいつも母の写真を胸ポケットに入れていたなど興味深い思い出話しが多い。更に3年半の壮絶な闘病生活など改めて遠藤文学の深さを知らされた。2018/01/23
カチ
2
遠藤周作は結婚前、夫人に「またいつ言論の不自由な時代に戻るかもしれない。そのときは自分はもの書きとして、おかしいことはおかしいとはっきりいわなくちゃならない。」と話していた。最近言論弾圧ではないかと感じることもあったので、心に響いた。また長期に渡る凄まじい闘病を通じて「心あたたかな医療」を提唱していたことを知った。臓器移植の問題などいろいろ考えさせられた。2021/11/02
ken
2
信仰と死の恐怖をテーマに終生執筆を続けた彼の臨終はどのようなものだったのか。それを知りたくて読んだ。様々な挿話の中でも特に『深い河』を思わせるものが興味深い。人間の死は「永遠の生命への回帰」であるという彼の実感が晩年の『深い河』には描かれているのだと思った。晩年の彼が河に心惹かれたのも「死は消滅ではなく回帰だ」という彼の実感によるものだろう。全ての(真っ当な)宗教は形こそ違えどその信仰に基づいている。彼はそれをクリスチャンという立場から信仰し、その臨終においてもその信仰のもと救われていったのだと信じたい。2017/02/22
イヴ
1
必ずいつかやってくる死を、ただ漠然と恐れ怯えていたけど、少しだけ恐怖が薄れた気がした。元々、遠藤周作が大好きだったけど、もっともっと好きになったし身近に感じることが出来た。2012/06/26
佑依-Yui-
0
キリスト教にも色々なタイプの信徒が居るであろうが、どの宗教かは関係無く、信徒と呼ばれる方々に対しずっと抱いていた違和感の原因を、この一冊で突き止めた様な気がした。「カトリックが『他の宗教との会話』と言う場合、要するに自分よりも相手を一段下に見て、カトリックの側に相手を併合するという感じになりかねない。それは主人もよく申しておりました。「そういう態度は間違っている」って。」(引用)遠藤周作はクリスチャンでありながら、同族が持つ、そう言った悪意を介さない無意識をも糾弾されたのだ。2015/10/20