出版社内容情報
父の過去帳に記されていた見知らぬ名、青年はそれを手掛りに父の一生をたどり始める。父とは誰か、私は何なのか?表題作他二篇
内容説明
なぜ少年は走り続けるのか。ある夜見た夢がきっかけとなって、龍之は死んだ父のことを調べ始める。過去帳の中に記された見知らぬ名前から明らかになってゆく父の複雑な人生。父とは誰だったのか。私とは何なのか。青年の感性をみずみずしくとらえた表題作をはじめとする三篇を収録。第二十回泉鏡花文学賞受賞。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
391
久しぶりの鷺沢萌。これまでに私がイメージしていた鷺沢は、青年期の苦悩を抱えながら、それでいてどこか明るく未完成な風情を漂わせた作風であった。本書には「文學界」初出の3つの短篇が収められている。一読後は彼女の晩年(とはいっても若かったのだが)の作品かと思った。ところが、表題作を含めていずれも19歳から23歳の時に書かれている。しかも、小説としての完成度は極めて高い。確かに泉鏡花文学賞にふさわしいだろう。さらには、いずれの作品にも死の影があるのだ。さすれば、これらは彼女の早すぎた晩年を語るものであろうか。2021/05/27
新地学@児童書病発動中
112
『海の鳥・空の魚』があまりにも良かったので、これも読んでみた。いずれも理屈では割り切れることのできない、人と人のつながりを描いた文学的な深みのある3つの中編。人間同士のつながりには、本当に難しい面がある。近づきすぎたら傷つけられることがあるし、遠ざかったら寂しくなる。このような人と人の間にある微妙な繋がりを、この作家は繊細に描けたことが、よく分かった。「痩せた背中」が一番の好み。父の愛人である女性の哀しみを、陰影深く表現した作品。「痩せた背中」という題に、その女性が生きた薄幸の人生が凝縮されている。2017/03/29
(C17H26O4)
50
制御できず破裂した心を作者は柘榴に例える。「柘榴の粒がぱんぱんに膨らんで、限界に達して弾け破れ流出した粒の中身」また、自分自身を救うために恐怖を押さえ込んででも進まなければならなかった状況を、運河に一列に浮かぶ板切れを渡ることに例える。「足もとは急に頼りなくなり、自分が沈みはじめるのが判る。彼は慌てて次の一枚に飛びのった。そのあとはもう、板木でできた細い道の上を全力疾走」こういう表現ひとつひとつが胸を突く。「そういうワケにもいかなかったンさあ…」そうするしかどうしようもなかった人々を掬いあげた物語。2018/05/24
masa@レビューお休み中
44
駆け続けなければいけない。急かされるように、追われるように全力で疾走する者たち。でも、永遠に駆け続けることなどできやしない。いつかは失速し立ち止まる。それが、意に反して否応無く訪れる様は、見ていて切ない。何かが無くなる瞬間というのは、実に切ない。体に大きな穴がぽっかり開き、言いようのない寂しさが全身を突き抜ける。拠り所を失った人間は実に弱い。触れただけで、脆く崩れてしまうガラス細工のようだ。そして、その脅威を知っているのは誰でもない。自分自身なのだ。2012/07/12
メタボン
39
☆☆☆☆ 大げさなことは起きないが、じんわりとした悲しさ、寂しさ、そんな心情が心に灯るような、何とも言えない読後感が良かった。常連が通う昭和の居酒屋とおっちゃんたちの青年時代の思い出が懐かしい「銀河の町」。父のルーツを探りながら自分を重ねる「駆ける少年」。内縁の継母である町子の痩せた姿が何ともせつなくて愛しい「痩せた背中」。2018/02/13
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