出版社内容情報
【目次】
内容説明
93歳の“炎上老人”は、本物の名将だった―。広岡達朗は老害ではない。1978年、ヤクルトスワローズが叶えた「奇跡の日本一」。“冷酷な監督”は優勝未経験の弱小球団をどう変えたのか。一瞬の栄光と崩壊、そして広岡の今に迫る渾身の一冊。
目次
プロローグ 「心のスイッチ」は押せるのか?
第一章 負け犬根性を払拭せよ!
第二章 ローテーションを確立せよ!
第三章 鉄壁の守備陣を作れ!
第四章 ジャイアンツコンプレックスを克服せよ!
第五章 冷酷非情な名将と素顔のパパ
第六章 「あんなチームに負けてたまるか!」
第七章 空白の二六日間
第八章 広岡革命、結実のとき
第九章 日本一
第一〇章 砂上の楼閣、夢の終わりに
エピローグ 昭和の名将は、令和の老害なのか?
著者等紹介
長谷川晶一[ハセガワショウイチ]
1970年5月13日生まれ、東京都出身。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経て2003年に独立。以降はノンフィクションライターとして活動する。日本文藝家協会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Lara
57
1978年(昭和53年)ヤクルト球団、創設29年目にして、初リーグ優勝、及び日本シリーズ優勝!50年近く前の出来事が、懐かしく思い出されました。当時の広岡監督は、練習、規律、食事にまで厳しくて評価がもう一つだった。ま、しかし優勝すれば、そんな評判も忘れさせてくれる。当時の、松岡、安田、会田、井原、大矢、水谷、杉浦、福富、等々懐かしく思い出しました。93歳になられた今も、老いはしかたないが、当時の野球を思い出し、矍鑠とされた様子はさすがだ。2026/02/03
fwhd8325
56
まさかこんな作品になっているとは思わなかったので、ショックでした。作品の核となる1978年のヤクルト優勝は、悔しい思いで見ていた記憶があります。ヤクルトの若い選手たちの先頭になり、兄貴然とした広岡監督の姿はとてもかっこよかった。そして、彼は、ジャイアンツにいてもおかしくないはずなのにと思ったからです。最近の言動が、どこまで信憑性があるかわからないけど、一生正しい人なんだと思わせてくれます。2026/01/30
kawa
29
1978年に球団創設29年にして、ヤクルト球団を日本一に導いた監督・広岡達郎氏の当時の軌跡を、本人や周辺の選手等へのインタビューを通じて追う秀逸ノンフィクション。エースの松岡投手のピッチング・バランスの悪さを見抜いて、26日間試合に起用しなかった話題や、巨人の優勝争いのなかでの中日・星野投手の振舞いなど読みどころが多数。クールで厳しい人のイメージがいまだに先行して、ネット界隈でも老害などと揶揄のキャラ立ち人物としてたびたび取り上げられる氏の本当の姿の一端が知れて面白い。今年で御年94歳。2026/03/02
nishiyan
16
1978年、弱小球団だったヤクルトスワローズを初優勝・初日本一に導いた広岡達朗の昔と今に迫ったノンフィクション。長女祥子が語る家庭での父広岡達朗が印象的だった。「がんばれ!!タブチくん!!」についてや、偏食家である一面、家族には玄米食を強要しなかったことなどのエピソードは微笑ましい。松岡弘、若松勉、水谷新太郎、伊勢孝夫といった選手たちが語るエピソードから広岡のブレない姿勢と不器用さが垣間見えたのは興味深い。広岡が必ず言う「人生は勉強だよ。一生かけて勉強しなさい」という言葉は彼の根源なのだと改めて思った。2025/12/14
電羊齋
15
1978年のヤクルト日本一と広岡達朗監督、そして現在の広岡について綴る。正しいことを正しく行えば結果が出るという信念を曲げず、基本とプロフェッショナリズムにこだわる野球人としての広岡像が如実に描かれる。それは時に頑固で冷酷に映り、最近ではそれが誇張されて「老害」などとして炎上する。しかし著者は広岡達朗という対象に粘り強く向き合うことにより、広岡という人物の多彩な面も引き出している。娘さんが語る父としての広岡像も面白い。そして過去を振り返り、時に反省する広岡はまさに「人生はいくつになっても勉強だよ」である。2025/12/30
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