出版社内容情報
逆行性健忘症にかかった元宇宙飛行士は、中国人看護婦の助けを借りながら、過去を追及する。近未来を舞台に描く喪失と恢復の物語
内容説明
月から還った宇宙飛行士が喪ったものは…。近未来の東京を舞台に描く喪失と新生の物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ハチアカデミー
15
記憶を失った元宇宙飛行士が、自分の過去と自分を取り戻す物語。全身が暗闇に包まれた中で光を見出す場面が印象に残る。「一寸後も闇です」「そして闇は光だったことを思い出しました」という謎かけのような言葉を巡る物語でもある。自分が変わってしまうほどの経験を怖れず、その先に希望を見出せとのメッセージを感じる。都市がどんなに開発されても、隙間のような場所は消えない。その美しさも記される。ただ、敢えて言えば、日野啓三はモダンの一つの到達点であって、けしてポストモダンではない。そこに物足りなさを感じてもしまうのだ。2015/02/12
tipsy
10
扱われるテーマは人間の魂の喪失をもたらす闇と、それを再生してくれる光。静寂と闇と、それに対する希望の記憶である光という形どれない物質達が、文章に隙間なく立ち込める。人間は存在そのものからして幸福とか快楽を追うように出来ているが、私達はいつ壊れるかわからない世界を生き延びる本番を常にしいられているという現実を忘れてはいけない。日野啓三の小説は、意識を明確に持ったまま心の奥深くに降りていくことができ、神秘思想に非常に近い所に連れて行ってもらえる。2015/04/05
akubi
3
気持ちがざわつくのは、光と闇の両方に、共鳴しているから。 答えのない答えをいつも、さがしているから。 大人ぶっているだけのいれものは、いつも自分を探してた。今もみつからない。 ただもう、探すのをやめただけなのかもしれない。 失くした記憶のなかで見る夢が美しすぎて、その扉が開かれたときの幻想的な風景に目が眩む。 そして命の消える音を聞いたとき、それが光に還り闇を生かす徵となった。 いつか自分を好きになれるだろうか。 わたしの光は夕暮れの朱。 あなたの涙が還りゆくお天道様を、揺らしてた。2020/03/07
kogoty
3
光つながりで(その1) SF風味の純文学、かな?骨太で重たい文章。穏やかに力強い読後感。主要登場人物がそれぞれに自分を見つめ苦痛と共に取り戻していく様を描いている。ちょっと前に読んだ福島智氏の「人は生かされている」という論旨と、この本に描かれる偶然と笑い飛ばしても差し支えない必然、とに共通点を覚える。2015/10/24
ドラゴン
3
月面から帰った宇宙飛行士が精神を病み記憶を失ってしまうが,運命的とも言える人々との出会いから自分を取り戻すまでの物語。近未来でありながら妙に現実の現代を感じるのは,一人一人の人物が深く描かれており,心情に共感できるからだろう。そして文章がとても美しい。ゆっくりと表現を味わいながら再読したい。日野啓三作品は初めてだが,他も是非読んでみたくなった。2014/01/12