内容説明
「これから、わたしたちはどうなるの?」二人の愛する女から突きつけられたこの言葉に、ケマルは答えを持たなかった。彼の心はスィベルとフュスンの間を揺れ動き、終わりのない苦悩に沈む。焦れた女たちはそれぞれの決断を下すのだが……。ケマルは心配する家族や親友たちから距離を置き孤立を深める。会社の経営にも身が入らず徐々にその人生は破綻していく―トルコ初のノーベル文学賞作家が八年の歳月を費やして完成させた最新傑作、待望の邦訳。世界文学最高の語り部が贈る愛の寓話。
著者等紹介
パムク,オルハン[パムク,オルハン][Pamuk,Orhan]
1952年、イスタンブル生まれ。トルコ初のノーベル文学賞作家。コロンビア大学教授。イスタンブル理工大学で建築を学んだ後、イスタンブル大学でジャーナリズムの学位を修得。その後、コロンビア大学客員研究員としてアメリカに滞在した。1982年発表のデビュー作『ジェヴデット氏と息子たち』(未訳)がトルコで最も権威のあるオルハン・ケマル小説賞を受賞。その後に発表した作品もトルコ、ヨーロッパの主要文学賞に輝き、世界的な名声を確立する
宮下遼[ミヤシタリョウ]
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学、日本学術振興会特別研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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どんぐり
87
「無垢なる博物館」は、実業家がその女性の想い出につながる物を蒐集し展示する。男のコレクションは徐々に、彼女を取り巻く世界、彼女と関わりのあるあらゆるもの、彼女と共有したすべての思い出、そして事物へと敷衍していく。愛する者のものに囚われ、その記憶に囲まれて生きることを望んだということか。パムクの描く女性は、いつもながらベールに覆われ謎めいており現実的ではない。まあ、屈折した男の話だからいいいか。2021/10/29
キムチ
58
プライズゲットだから判定を決めるのではなく、己の心象と筆者の内省が共鳴して 作の良否を判断と感じた。ラスト 5000件余の美術館詣での上にかくなる博物館と考えるケマル。して「自分が最も愛するモノの代わりに別のモノとそれを代えられる」⇒観て得る教訓を考えた彼。この想いを物語化できる人物として選んだオルハン氏の登場が面白い。個人的 膨大な語りの果てに有ったのはただ主観の総体性としか受け止められなかった。地球は悠久の時に数多の命の盛衰を見ている。。今も これからも喜び哀しみを相まって。2022/12/16
長谷川透
28
ケマル氏の心の中を占めるフュスンの姿は、婚約式前のアバンチュールの戯れの中の姿であり、紆余曲折の後の再会後のフュスンではなかった。ケマル氏の蒐集、それから「無垢の博物館」の創造は、彼の記憶の中で美しく生きるフュスンの像の具現であり、報われない彼女を思う無垢な心の自慰なのである。オルハン・パムクは一組の男女を中心に据えて、あるはずのない理想を追い求める物語を書きたかったのではないか。あるはずのない理想は男女の愛だけではなく、トルコの近代化にも置き換えることができる。文学的野心と作為に満ちた大作である。2012/11/03
em
21
この本のせいで、なにかにひどく執着している夢を見てしまった。それが何だったのかは覚えていない。執着することに倦んでいるのにやめられない。どこまでも停滞したまま続くかのような物語を読むうちに、ひとつも見るべきところがない主人公に入り込み、ヒロインの選択を受け止めた。既読のものを思い出すと、私は今まで「トルコ人作家」を読んでいたのかもしれない。それだって当然オルハン・パムクなのだろうけれど。この作家もまた、失われた何かのよすがをどこかに大事にしまっているのだろうか。2019/04/25
umeko
15
ケマル氏のマニアックな想いが、次第に愛おしくなるんだから不思議。鉄道や映画のマニアはいれども、ここまで一人の女性の魅力に憑かれるなんて、「愛」で表現される領域を突き抜けた型破りな恋愛感情。このラストは好きだなぁ。楽しめました♪2011/03/31