内容説明
故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー作。王立文学協会賞受賞作。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
281
カズオ・イシグロの最初の長編小説。主人公、悦子の回想のスタイルで語られる。ただし、その構造はやや複雑で、イギリスに暮らす現在と、長崎にいた過去とが、その中間部を欠いたままで語られている。この点にこそ、この作品の一番の特質があるのだが、その一方で読者の側には幾分かのフラストレーションが残されることになる。佐知子と万里子のその後も、景子に関わる経緯も不明なままなのだ。2012/04/13
のっち♬
229
敗戦という価値のパラダイムの変化で訪れる過渡期の混乱の中、その犠牲者や微かな希望を棄てない人々の生き方を綴っている。精妙な会話を中心に据えながら、登場人物の心の動きを巧みに表出させ、立場の異なる悦子と佐知子がすれ違う様を見事に描いている。悦子と佐知子、万里子と景子の人生の微妙な重なりも話に奥行きをもたらし、暗い回想の底に流れる悦子の自責の念が独特の色彩を添える。記憶は「思い出すときの事情しだいで、ひどく彩りが変わってしまう」—誰しもが自己の内に物語を創造して心のバランスをとっている。著者らしい薄明な質感。2020/04/28
HIRO1970
187
⭐️⭐️⭐️⭐️図書館本。カズオイシグロさんは7冊目。既読「女たちの遠い夏」の改題版でした。イシグロさんの本は私的には難解な部類に入る為、敢えて再読しました。結果的に予習して受けた不得意科目の講義の様に、前回よりもかなり明確にシンプルに伝わって来たのは驚きでした。今の時代もグローバリズムによるパラダイムシフトが世界の果てまで広がっており、一握りの勝者と大勢の敗者を量産する流れが顕著です。かつての繁栄者が自己のアイデンティティーをどうやって保つのかがメインテーマなら英国でのテーマとしてはツボだと思いました。2016/10/16
タカユキ
144
記憶とは何だろうと考えさせられた作品。日本を去り、イギリスに住む主人公・悦子は前夫との間に生まれた長女・景子の自殺にあい、その喪失感の中で自らの過去を回想していく。この物語は現在と過去の二つの時間軸を往来しながら進んでいきます。そして読者が知りたい情報が描かれていない。なぜ語り手である主人公は離婚をしてイギリスにいるのか?なぜ長女は自殺を選んだのか?自分が読み飛ばしてしまったのか?と思うほどに。だから違う人との回想を読んで想像していかなけばならない。その為に読んでいる世界に引き込まれ深い余韻が残った。2017/12/04
あきぽん
144
ノーベル賞作家、カズオイシグロの初期作。「女性」と「ニッポン」を「男性」かつ「イギリス人」の作者が遠いところから眺めて描いた作品。なんとなくちぐはぐでかみ合わないモザイクのような作りで余白が多く、村上春樹を連想。村上春樹はいつノーベル賞をとるのやら。2017/11/23