内容説明
第二次大戦下のドイツ。私生児をみごもりナチの施設「レーベンスボルン」の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…。双頭の去勢歌手、古城に眠る名画、人体実験など、さまざまな題材が織りなす美と悪と愛の黙示録。吉川英治文学賞受賞の奇跡の大作。
著者等紹介
皆川博子[ミナガワヒロコ]
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ・幻想小説・時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を受賞。時代小説『恋紅』で第95回直木賞を、幻想小説集『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を受賞した。神話・人種・家族・芸術といった問題を内包し、構想10年に及ぶ『死の泉』は、1997年の「週刊文春ミステリー・ベスト10」の第一位に選ばれ、第32回吉川英治文学賞を受賞した。『死の泉』以降の注目作としては、2冊の短篇集『ゆめこ縮緬』と『ジャムの真昼』がある
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
みも
253
時に、別格の存在感を持つ途轍もない作品に出合う事がある。完成度の高さとクオリティ、そして圧倒的な凄味と濃度。文庫本650頁の大作でありながら、その精緻な言葉の配置には全く無駄がない。ナチスが無条件降伏するまでの約2年をⅠ部、その15年後をⅡ部・Ⅲ部とする構成。Ⅰ部のみでも一つの完成形だが、Ⅰ部はⅡ・Ⅲ部への序章に過ぎない。クライマックスに明かされる真実及び「あとがきにかえて」の衝撃がミステリの醍醐味を感受させるが、内在する善悪の彼岸を見事なまでに昇華させる手腕には、狭小なカテゴライズは何の意味も成さない。2021/02/26
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
172
ナチス統治下のドイツは雪の固まって冷えた冬のイメージだ。第二次大戦下のドイツ、私生児を身篭ったマルガレーテは自身とわが子の身の安全の為にSS医師のクラウスの求婚を承諾する。金髪碧眼、ボーイソプラノ、フェルメールの絵画。美を偏愛し異常な研究に没頭するクラウスに怯えながらも、ポーランドの美しい少年フランツとエーリヒと束の間で仮染めの幸せを噛みしめるマルガレーテ。砂上の幸せと分かっているから、立ち上る不穏な予感にページを繰る手が止まらない。物語が進むほど何が正常で何処からが狂気なのか判断がつかなくなってくる。2019/01/02
KAZOO
139
皆川さんの大長編で「双頭のバビロン」と双璧をなすものです。最初に読んだときには、本当にドイツ語からの訳本だと思ってしまいました。戦時の話で登場人物もドイツ人中心です。ドイツのナチスがこのような民族浄化を行っていたことは本当ではないかと思われます。それに協力した医師が様々な人体実験を行っていく様子が緻密に書きこまれていて飽きさせないですね。2023/07/12
のっち♬
136
前半は私生児を身籠り、保身の為にナチスの医師クラウスの妻になった女性の手記。焦点が置かれるのは人種改造の犠牲になる子供達。不衛生な養育施設、高音を保つために去勢される少年。何より薬で成熟を早めて10歳で愛人にされる少女らの末路は無惨を極める。15年を経た後半はハードボイルドな復讐劇に発展。質感は大きく変貌するが子供らの歌声やクラウスの芸術に対する偏愛と狂気が靭帯となって全編をまとめ上げている。本編の種明かしはともかく、戦闘場面の詰めの甘さやある登場人物の立体感のなさまで納得させる「あとがきにかえて」は衝撃2021/04/28
buchipanda3
132
いやあ読み応え十分。著者のあとがきにある通り、まさに美と愛と悪の溶けあう物語を堪能した。こういう歴史とゴシックロマンが重なり合う世界観は好み。そしてミステリとしての魅力も最後まで詰まっていた。第二次世界大戦の終盤を迎えつつあるドイツで舞台の幕が開く。ナチスが設立した生命の泉という名の私生児育成施設。戦争の前線から遠く離れたその場所で愛憎、悲哀、打算、歪んだ信条、美への執着が錯綜する。やがて戦争がもたらした現実を背景に少年らが愛を求めて躍動。疾走した展開の先に著者が用意していたものに思わず放心、そして感服。2021/04/20