ハヤカワ文庫<br> 彼女が演じた役―原節子の戦後主演作を見て考える

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ハヤカワ文庫
彼女が演じた役―原節子の戦後主演作を見て考える

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  • サイズ 文庫判/ページ数 285p/高さ 16cm
  • 商品コード 9784150306052
  • NDC分類 778.21
  • Cコード C0174

内容説明

「東京物語」をはじめて見て「自分は相当に不思議な映画を見た」との感想を抱いた著者は、やはり紀子という役が登場する「晩春」「麦秋」を見て、原節子という魅力的な謎に出会う。「真に特異な存在と言っていいほどに個性的な」小津安二郎監督の紀子三部作を中心に、彼女が主演した戦後映画11本を細密に論じて、「クリエイティヴな能力を深く豊かに持った」原の魅力、小津監督の不思議を分析するユニークな映画論。

目次

はじめに―『東京物語』を見てから
第1部 なぜ彼女は令嬢あるいは先生なのか(『麗人』1946年―売られた花嫁から自由のために闘う女へ;『わが青春に悔なし』1946年―闘う女性にも暗い男にも、青春はあった;『安城家の舞踏会』1947年―意志で現実を動かす「令嬢」、というフィクション;『お嬢さん乾杯』1949年―意志を持つ女性はフィクションのなかでも別扱いを受ける;『青い山脈』1949年―生活の基本的な不自由さと、娯楽の他愛なさの関係;『白雪先生と子供たち』1950年―清楚な美しい先生の、無害とは言えない役割)
第2部 原節子は紀子そのものとなり、小津安二郎が彼女を物語った。なんのために?(『晩春』1949年―まず最初の、たいへんに抽象的な紀子;『麦秋』1951年―次の紀子は自立して仕事をし、実体を持っている;『東京物語』1953年―そして三作目の紀子で、原節子は長く記憶されることになる)
第3部 紀子のあとの陳腐な人妻と未亡人。主演女優は消えるほかない(『東京暮色』1957年―どうにもならない、なんにもない、寒い灰色;『秋日和』1960年―着物でとおした未亡人、三輪秋子の不自由)