内容説明
2001年2月13日、時空連続体に発生した異常―タイムクエイクのために、あらゆる人間や事物が、1991年2月17日へ逆もどりしてしまった。ひとびとはみな、タイムクエイクの起きた瞬間にたどりつくまで、あらためて過去の行為をくりかえさざるをえなくなる。しかも、この異常事態が終わったとき、世界じゅうは大混乱に…!SF作家のキルゴア・トラウトやヴォネガット自身も登場する、シニカルでユーモラスな感動の長篇。
著者等紹介
浅倉久志[アサクラヒサシ]
1930年生、1950年大阪外国語大学卒、英米文学翻訳家
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
MICK KICHI
94
<マンスリー・ヴォネガット逆さ読み> 過去なんて、どうせロクなもんじゃないよ。チリンガ・リーン! こんな形でそれを描いてみせるヴォネガットさん、あんたやっぱり只者じゃない。デジャ・ヴと言うと幻想的で甘美なイメージだけど、これじゃあんまりだよ。昔、筒井先生の話で時空がしゃっくりするのがあったけど、こっちはまるで地獄みたいなヤツです。いつもの様にアイロニーやギャグで一杯の作品だけど、最後の長編なのでヴォネガット作品史としても楽しめます。世の中流されないヤツが結局残る、まあ、そんな話さ。チリンガ・リーン!2019/01/09
キクチカ いいわけなんぞ、ござんせん
27
SFとエッセイが混在した一見煩雑な作品。あのお馴染みのキルゴア・トラウト氏も登場して、ヴォネガットの過激な分身としての役割をきっちり発揮する。怖気付いた貧しい人々に儲けすぎたお金を分配しよう。原罪も信じるけど原徳も信じる。刑務所に囚人が存在する限り、わたしは自由ではない、というデブズ氏の引用。この世界のように混乱した文章の中に、作者の思想理念が漂っているのである。ヴォネガット氏はお金持ちの中流家庭で育ち惜しみなく良い教育を受けて育った。その事に感謝しつつ、自分の幸運に値する役割を考えながら書いていた。2018/01/12
ふりや
16
「才能があるからって、その才能をなにかに使わなくちゃいけない理屈はないわ」再読。ヴォネガット最後の長編作品。本作は一応「時震」というタイムリープのようなSF的アイデアが土台にはなっているのですが、中身は半分小説、半分エッセイといった感じの不思議な作品です。晩年に差し掛かったヴォネガットの回顧録とも読めます。また架空の作家であり、ヴォネガットの分身として様々な作品に登場したキルゴア・トラウトが全面的にフィーチャーされているのも、ヴォネガットファンには嬉しいところ。名文・名言・迷言に溢れた素晴らしい作品です。2022/01/24
明石です
9
ヴォネガット最後の長編小説。序盤から終盤まで通して一人称の語り手がヴォネガット本人なため、『国のない男』や『パームサンデー』ばりに筆者の主義主張が強く込められた、随想形式の小説になっている。彼の作品ではおなじみの老SF作家キルゴア・トラウトの声を借りたメッセージを小出しにしながら、いちおう物語としての体裁を整えた感じ。その意味では集大成と言えそうですが、これを小説と呼べるの?という疑問はある笑。ほぼ自叙伝だし。もちろんユーモアのセンスは素晴らしく、何度も声に出して笑った。たとえ小説ではなくとも傑作は傑作。2022/01/01
roughfractus02
7
2001年から1991年に時間が戻り、全世界の人々はこの期間同じ人生を正確に生き直す。従来のタイムトラベルものから自由意志を取り去った本書は、63章の断片から成り、他の作品群にも登場するSF作家トラウトと作者自身の作品断片が混交する回想である(回想が、過去の一部の記憶断片がそのつど想起された諸断片の寄せ集めという意味ならば)。が、10年を辿り直すと人々に自由意志が戻るかに見える物語世界でも自由に縛られ、フィクション形式に縛られている。著者はこの最後の長編で、想像力の自由という「巨大脳」の束縛から逃走する。2023/06/23
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- 電子書籍
- 月刊 クーヨン 2016年7月号