内容説明
三千万人のファンから愛されるマルチタレント、ジェイスン・タヴァナーは、安ホテルの不潔なベッドで目覚めた。昨夜番組のあと、思わぬ事故で意識不明となり、ここに収容されたらしい。体は回復したものの、恐るべき事実が判明した。身分証明書が消えていたばかりか、国家の膨大なデータバンクから、彼に関する全記録が消え失せていたのだ。友人や恋人も、彼をまったく覚えていない。“存在しない男”となったタヴァナーは、警察から追われながらも、悪夢の突破口を必死に探し求めるが…。現実の裏側に潜む不条理を描くディック最大の問題作。キャンベル記念賞受賞。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
405
読了後、直ちにジョン・ダウランドの「涙のパヴァーヌ(流れよ、わが涙)」を聴いたが、それは、ことのほかに心に沁みるものであった。まずはタイトルの妙に拍手を贈りたい。そいて、それは過去(1600年)と現在と未来との距離を一挙にゼロにしてしまう。同時に虚構空間と、この現実との階梯をも。さらに言えば、自分が自分であることの自己同定をも無効にしかねない。ただ、第3部からの展開には幾分の疑問が残らないでもないのだが。まあそれらもすべて、エピローグに漂う寂寥感が救ってくれはするのだけれど。2017/10/25
ケイ
111
タヴァナーに強く同情していたが、気づけばこの人は薄っぺらくはないかと彼に対する興味をが薄れていく。しかし、彼が小説世界へのいざない役であることは間違いない。彼はバックマンの抱く矛盾とそれによる苦しみを共有しない。SFとはディストピアなのだな。帰結するところはそこしかない。ここでは、最後の黒人の会話がディストピアの反対にあるものであり、それはヒューマニティなのではないだろうか。最後の3分の1ほどは、オーディブルで聴いた。既に頭の中で出来上がっていた話し方と、オーディブルとが喧嘩することになってしまった。2023/09/28
やきいも
104
映画「ブレードランナー」の原作者ディックのSF小説。人気テレビタレントのガヴァナーは目覚めると国家のデータバンクから自分の記録が消えていることを知る。警察から追われる身になったタヴァナーは...。『人間にとって「涙」、「悲しむ」とは何を意味するのか?』というテーマで書かれた小説。「悲しみ」は人間に大きな力を与えることもある。そんな事をこの本を読んで考えたりした。翻訳物の小説特有の読みにくさ、とっつきにくさはある。でも私にとっては印象深い本で何度か読み返している。2016/12/14
コットン
86
イベント『2021年、今年読んだ本はこれだ!』でのakiraさんのおすすめ本。著者はレコード店員もしたという音楽好きな人らしく本作でもダウランドのリュート歌曲集が出てきてそれが本の題名に関係する。筋書きは有名な歌手が世界中で自分を知らないことになり…。そしてとても骨が折れるアリスの登場で話が動く!2022/01/10
かえで
68
全米で大人気の歌手でタレントのタヴァナーは、ある日突然、この世から存在しない男になってしまった……これを書いた当時のディックのどん底な生活、またそこからの立ち直りがかなり作品に反映されている。国家権力への怒り、不条理、自我の崩壊、大きな愛情、涙を流すこと…そういったテーマがSFとしてしっかり昇華されている。ディックの作品は歪で毎度感想を書くのが難しいですが、これも然り。というか、何とも印象的なタイトルに目を惹かれます。最後まで読めばタイトルの意味はちゃんとわかります。どことなく哀しい読後感になりました。2017/10/12