内容説明
只管打坐の坐禅を第一の修行とした道元の仏法。普く人々に坐禅を勧め、禅の真髄を説いたが、その修行は決して悟りを求めるものではなかった。無所得・無所求・無所悟を強調し、仏法をことばで語ることに力を注いだ道元の思想とは何であったのか。『正法眼蔵』『普勧坐禅儀』など、幾多の著作の中で繰り広げられている洗練されたことばから、その深遠な教えを紐解いていく。
目次
道を求めて
中国留学
如浄に学ぶ
仏法を広める
正伝の仏法ひとすじに
空手還郷
只管打坐
無所得・無所求・無所悟
修証一等
行持道環
大修業
道得
自己を習う
三界唯心
夢中説夢
諸悪莫作
有事〔ほか〕
著者等紹介
角田泰隆[ツノダタイリュウ]
1957年長野県に生まれる。1986年、駒沢大学大学院博士課程満期退学。現在、駒沢短期大学仏教科助教授、伊那市常円寺住職、曹洞宗総合研究センター宗学研究部門副主任研究員。専門は曹洞宗学、主として道元禅師の研究
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感想・レビュー
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Tadashi_N
15
禅は「ありのまま」を大事にする。2015/01/22
mie
3
分かりやすく良い本です。歴史で名前だけしか知りませんでしたがとても現実的な教えです。私の周りはお寺ばかりなので興味持って調べてみました。道元さんの系列のお寺は殆どありません。権力を避けた、成る程なと思いました2015/08/13
Ise Tsuyoshi
1
道元の入門書。無所得・無所求・無所悟、修証一等、行持道環など、道元の著書に登場する言葉が、噛み砕いて説明されている。NHKの講座テキストがベースになっているので初学者でも分かりやすい。「座禅は悟りを得るための苦行ではなく、安楽の行であり、さらにいえば悟りの行であり、仏の行であったのです」(p.238)。2021/03/06
yukioninaite
1
シンドイことに出会うと、この本を読みます。結果のことなどどうでもよい、過程をただやることが大事、と原点に帰れます。それに、丘宗潭老師が弟子に「私の修行はどうしたら良いでしょう?」と尋ねられ、「おまえ一人くらいどうでもいいじゃないか」と不気味に笑う場面を読むと小さなことにくよくよする自分がふっとなくなります。 自己をならふというは自己を忘れるなり、のことを思います。2016/08/26
かずぴー
1
賢者になるため、まず身近なところ=日本に馴染んでいるところから攻めていくためにこの本を読んだ。自己を捨て去り無我となろう。あと最近話題のレディゴー=ありのまま。ありのままで良い!!というのは自然外道というようだ。口説くときはレディゴーが好きなんだよ♡と言うが、自分に対しては常に変化を求めるノットレディゴーのスタンスでいこ〜!!。そのための変化…図書館ではなく本屋で立ち読みかな…。2014/08/03