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出版社内容情報
失われた記憶をよみがえらせるための強力な手がかりは、国内外に残された一万本を超える記録映像である。フィルムに刻印された映像から得られるものは多い。さまざまな光景が時を超えて、思いがけない意味を獲得し、一九六四年のリアルが「忘却の海」から姿を現しはじめる。
たとえば、東京では水洗便所はまだ普及しておらず、列車のトイレから汚物が線路にまき散らされていた。一〇〇〇万人の糞尿は東京湾の沖合に流された。川という川は工場廃液でどす黒く汚染され、大量の魚の死骸が浮き、発がん性物質が発見された。
東京は世界最大級の汚染都市だった。有毒ガス、塵埃(じんあい)、都民一〇〇〇万のゴミが街にあふれた。
赤痢(せきり)、チフス、コレラが流行する疫病都市でもあった。生活環境の破壊は信じがたいほど放置されていた。
交通事故の死亡率は世界一。不慮の事故で命を落とす確率も世界の大都市で最悪だった。
人命軽視の風潮がエスカレートしていた。東京を底辺で支える出稼ぎ労働者が毎日一〇人も建設現場で転落。だが補償はない。
貧困と格差が拡大していた。ベビーブーマーが集団就職で東京に殺到。かれらは低賃金・長時間・非正規労働で搾取された。出稼ぎで農村は崩壊し、女性は重労働で次々と倒れた。
労働者たちは、苦しい家計をやりくりするため血を売った。だが輸血の二割は、肝炎のウイルスに侵されていた。一方、血液の売買で稼いだ戦犯容疑者の人脈が、日本の医学界に復権した。
腐敗していたのは、川や空ばかりではない。東京は空前の汚職天国だった。一兆円の五輪マネーを食い物にし、新幹線工事、五輪道路工事で汚職が続発。東京都庁は日本最悪の腐敗官庁だった。
自由民主党の総裁選では三〇億円がばらまかれ、ひとり一〇〇〇万円で議員が公然と買収された。
右翼の大物が自民党のパトロンとなった。ヤクザは一八万人、史上空前の規模に膨れ上がり、資金源を拡大して政界に介入した。
少年犯罪の発生件数が戦後のピークを記録。中流家庭の少年が猟奇事件を起こす。
夏には、ベトナム戦争がはじまった。東京は米軍の出撃基地となった。米軍機が一七機も墜落して、多くの都民が犠牲になった。
五輪は冷戦の現実に振り回された。工作員が舞台裏で暗躍、北朝鮮とインドネシアがボイコット、閉会式はアラブ諸国とイスラエルの確執で破綻(はたん)寸前だった。五輪のさなか、中国が核実験に踏み切り、政府は密かに原発推進を検討した。
〝宴?が終わると、日本は戦後最悪の深刻な不況に見舞われた。不況から脱出できたのは、ベトナム戦争でばらまかれた莫大なドルのおかげだった。
埋もれていた映像からよみがえるのは、繁栄の陰でさまざまな矛盾に苦しめられ、不安と焦燥に苛(さいな)まれる無数の人生だった。一九六四年の記憶の大半は、「忘却の海」に沈められていた。わたしたちは紋切り型のイメージを除けば、この年の劇的な出来事をほとんど何も知らないのである。(プロローグより)
内容説明
東京五輪が開催され、高度成長の象徴としてノスタルジックに語られる1964年。しかし、その実態はどうだったのか。膨大な記録映像と史資料を読み解き、見えてきたのは、首都の「闇」。すなわち、いまも残る、この国の欠陥だった―。
目次
プロローグ 漂白された記憶
第1章 東京地獄めぐり
第2章 忘れられた人生
第3章 ブラック・ソサエティ
第4章 虚妄のホワイトカラー
第5章 首都圏=USA
第6章 五輪をめぐる幻想
第7章 宴のあと
エピローグ 一九六四/二〇二〇
著者等紹介
貴志謙介[キシケンスケ]
1957年生まれ。1981年、京都大学文学部卒業後、NHK入局。ディレクターとしてドキュメンタリーを中心に多くの番組を手がけ、2017年に退職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。