出版社内容情報
現代人の精神の奥底に巣くうニヒリズム。その内実を浩瀚な思想から捉え、頽落の生と訣別するための要諦を説く。哲学的にして実践的な剛健と調和の書
内容説明
現代人の宿痾であり、退落の生をもたらすニヒリズム。この難敵をどう「手なずけ」るのか。その陰鬱な策略に抗して、人間が培ってきた価値を「保守」するために必要なこととは。本書は思想史をふまえた哲学書であるのと同時に、実践知に満ちた高峰である。
目次
序章 虚無について―自覚されざる自己喪失
第1章 気分について―頽落の精神
第2章 生活について―死の追放
第3章 欲望について―制御なき機械
第4章 価値について―絶対なき基準
第5章 人格について―決意への恐怖
第6章 社交について―公心なき社会
第7章 言葉について―失語の時代
終章 破局について―記号の暴走
著者等紹介
西部邁[ニシベススム]
1939年3月、北海道生まれ。1964年、東京大学経済学部卒業。東京大学教養学部教授などを経て、現在、雑誌『表現者』顧問。著書に『経済倫理学序説』(吉野作造賞)『生まじめな戯れ』(サントリー学芸賞)ほか多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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踊る猫
42
堅牢な思索によって支えられた論理で、西部はこの世界に蔓延する「ニヒリズム」を冷徹に批判する(それはたしかな覚悟もないまま「戯れ」として「価値相対主義」に溺れる作法への批判も含むはずだ)。瑕疵はいくつかあるだろう。例えば「言葉」が人間存在の基盤をなす要素であることは同意するが、その「言葉」を支えるこの身体感覚への分析が欠けていないか、というように。しかし、なおこの本が見抜いた射程は現在のそれこそ原理原則なき「ポスト・トゥルース」な世界(ある意味究極のニヒリズムの具現化では?)にまで届く、恐るべき強度をはらむ2024/04/28
テツ
18
ニヒリズムについてつらつらと。どう足掻いても絶対に死んでしまう人生はそこに何が内包されていようが虚無的であり、その中でもがくぼくやあなたの在り方も虚無的なのだ。それを踏まえてどう生きるのか、どう世界と対峙するのかという自らのスタンスが前向きなものになることはあるだろうけれど、どうしたって構造自体が虚無的であり、人はみな孤独なのだ。外界に提示する自分の姿がポジティブで明るい方はたくさんいる。彼らは別に無理してそう演じているわけでもない。でもそこに至るまでに「虚無さ」とうんざりするほど格闘してきたのかもね。2024/01/11
ken
10
歴史的に宗教や哲学を持たない日本人は、神に帰依することもできず、ニーチェの言う「超人」を志向することもできない。一方で科学の進展はめまぐるしく相対主義は強大になっていく。科学は死や病苦を遠ざけて快楽を求めることを賛美する。本来孤独なはずの人々が孤独を無理に遠ざけ続けた結果、精神的立脚地を失った根無し草のような人々、畜群が大量に生まれる。しかし人々は孤独を誤魔化してはいけない。正しい言語で孤独を語り合う。企投し共同存在となる。もしくは絶望から信仰を求める。どっちが現実的か。或いは両者は通底するものだろうか。2019/12/16
ぱぴ
7
人間、突き詰めていけばこんな簡潔な文章が書けるのかというくらい、思考を介さず意識の層へ直接働きかけてくるような鋭い表現力と端的な構成力で完結しており、終始圧倒された。それは巷に溢れている一見ポジティブで分かりやすい標語の寄せ集めのような表現の全てが軽々しく空虚に思えてしまうくらい、時代や生への誠実な向き合い、闘い、蓄積など過酷な挑戦を淡々と実践し積み重ねていく事でしか得られない言葉(生命)の重みに溢れている。全てを理解は出来ていないが、自身への省みとこれからの世を生き抜くヒントを多分に得られた。2022/03/29
Kooheysan
6
真理(存在)や価値(当為)に対する相対主義、あるいは虚無(ニヒル)に抗して生きていくための思想戦が展開されます。いつもの西部思想(慣習の本質=伝統=歴史の英知=言葉の使い方=異なる徳の間の平衡術/大衆=専門人批判など)を、上記の観点から総チェックできる作品になっており、わかりやすい部類に入るかと思います。2024/07/29
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- 和書
- 生命医学倫理 (第5版)