内容説明
「陰気は私のコンプレックスだった」。貧しさと飢えの中で育ち、敗戦で人間不信に陥った少年は、俳優座養成所で後の夫人と出会い、名優への道を歩み出す。黒澤明、小林正樹ら日本映画黄金時代を彩る巨匠の作品に出演、舞台俳優としても大きな足跡を刻んだ著者が、亡き妻との思い出を中心に綴った生涯の記録。
目次
第1部 遺し書き(男が独りになった時;生いたち、思い出の記;二人でひとり)
第2部 役者人生を語る(「役者」が嫌いなぼくを、支え続けてくれたもの;いつまでも「新しい仲代達矢」を表現していきたい)
著者等紹介
仲代達矢[ナカダイタツヤ]
1932年東京都生まれ。52年、俳優座演劇研究所付属俳優養成入所。舞台『幽霊』のオスワル役でデビュー。以後、舞台俳優として『どん底』『リチャード三世』『ソルネス』などで芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞、紀伊国屋演劇賞ほか数々の賞を受賞。1975年から俳優を育成する『無名塾』を亡き妻・宮崎恭子(女優、脚本家、演出家)と主宰。2007年、文化功労者受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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大泉宗一郎
5
11月8日に逝去した俳優・仲代達矢氏。黒澤明監督の他名だたる巨匠らの映画に出演する一方、夫婦で創設した俳優養成所「無名塾」で役所広司らを育て上げ、役柄に合わせて器用に演じ切り強烈な印象を残してきたレジェンドの自伝。「遺し書き」とあるが、妻・宮崎恭子氏が亡くなられてからまだ間もない頃に書かれており、自身の死を意識しながら執筆されたと思われる。内容も亡き妻・宮崎恭子氏との想い出にほとんどの筆が費やされ、特に恭子氏の闘病に付き添う第一章の記述には涙を禁じえず、いかに氏の中で恭子氏の存在が大きかったかが伺われる。2025/11/28
tsukamg
2
奥様であり同志である恭子さんを亡くされてから少し後になって書かれたもの。恭子さんが病に倒れてから亡くなるまでを振り返り、二人の出会いと結婚生活、そして、己の生い立ちを振り返るというように、回想が時間をさかのぼっていく。恭子さんの療養中、役所広司さんが密かに見舞いに訪れたエピソードや、葬儀の夜に無名塾の面々が稽古場に集まって、あえて飲んで騒いで明るく恭子さんを弔ったエピソードが印象的だった。恭子さんが夫に遺した遺言は、気遣いと愛に満ちあふれており、休み休み読まないと涙が出てしまいそうだった。2025/12/17
Crystal.B
2
同世代の役者では飄々とした滑稽身を感じる山崎努さんのほうが好きでしたが、読んでみると黒澤映画などの存在感からくるイメージと濃いルックスに似合わず、シャイで不器用でなんと言っても愛妻家の素顔がとても身近でほほえましく感じました。そういえば、新劇を含めてこの方の舞台を見ていません。お元気なうちに是非、無名塾の公演に行かなくては!と決意しました。2015/03/27
はるたろうQQ
1
特異な俳優、仲代逹矢を知るために読むべき一冊。生い立ちや時代状況から、自己評価の低い男であった仲代逹矢が、俳優座養成所に行き、さらに宮崎恭子という人物に出会って回復していく。そして、無名塾を作って若い者を育てていく。隣人愛は自己愛があって初めて可能になる。俳優座養成所で初めて認められ、自分の使命を理解した。さらに自分の弱味をみせることのできる存在として妻を得る。仲代逹矢はとても幸せな人で、妻こそが彼の才能を一番高く評価し、理解者であり、彼を導く者だった。最後に載っている二つのインタビューがとても興味深い。2019/01/13
kazoukato
1
恭子さん、素晴らしい。2016/06/22




