出版社内容情報
「生きている限り、一ミリでも、向上を目指す。わたくしの最後は、上り坂で終わりたい」。百歳で没するまで、現役の画家として新作を発表し続けた堀文子。三十年にわたってその画業を支えた著者が「堀語録」とともに、感動を糧に描き続けた生涯を綴る。黒柳徹子氏インタビュー「堀先生の思い出」も収録。
内容説明
100歳で没するまで、心動かされるものだけを描き続けた画家・堀文子。30年にわたり、画業を支えた著者(ナカジマアート代表)が、遺された言葉とともに、その魅力を綴る。
目次
堀文子のことば(堀文子の軌跡;人生の達人・堀文子のことば)
堀先生の思い出(黒柳徹子)聞き手・中島良成
著者等紹介
堀文子[ホリフミコ]
1918(大正7)年、東京生まれ。女子美術専門学校(現・女子美術大学)卒業。61年から2年半、海外を放浪。72年『くるみ割り人形』でイタリアの国際絵本原画展グラフィック賞受賞。74年より多摩美術大学教授。95年よりナカジマアートで新しい絵画制作を行う。2019(平成31)年死去
中島良成[ナカジマリョウセイ]
1950年、富山県生まれ。東京理科大学卒業後、西武百貨店入社。95年、銀座に、画廊ナカジマアートを開廊。25年にわたり、ほぼ毎年、堀文子の新作展を開催、没後も企画展を行っている。一般財団法人堀文子記念館理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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まーくん
75
先年、100歳で亡くなられた画家堀文子さんの生き方を、亡くなられるまで美術商として約30年にわたり付き合いのあった著者が回想。著者中島良成氏は西武百貨店で美術部門立上げに参加、堀さんの担当となる。セゾン・グループが経営不振に陥ったのを契機に独立、銀座に画廊を開き、以後25年にわたり彼女の活動を支えてきた。身近で見た画家堀文子の信念の生き方、考え方を語る。本人の著書でも感じたが、思い立ったことを即実行できるのが凄い。多くの人は健康のこと、経済的なこと、その他いろいろなしがらみで動けない。が、それはいい訳か?2022/06/20
akiᵕ̈
39
25年という長きに渡り堀さんの作品展を開催し、堀さんが亡くなられた現在も企画展を行なっている著者がその交流の中で見聞きした、100歳で天寿を全うした画家・堀文子という人の生き様、語録が詰まった一冊。堀文子の大ファンとしては、画集も書籍もいくつも手元にあり、その人となりは知っているけど、生きるということの本質、自然からの教え、人は自然とは切っても切れない繋がりがあるということを、ご自身の身を持って魂の部分で感じ、その感動を描くということで自分の人生を生き抜いたその凄さ、素敵さを改めて感じました。2021/11/30
パフちゃん@かのん変更
26
表紙の絵の良さは私にはわからないが、『幻の花 ブルーポピー』『アフガンの王女』などの作品はすごく素敵。一番好きなのは『落日の図 冬枯れの林を落ちる太陽』なんとこれが97歳の時に描かれた作品と言うのだから驚く。ブルーポピーを描くために81歳でヒマラヤ山脈に。飛行機だけでも大変なのにロバに乗って谷を上り下りして延々と。そして現場でスケッチされたそうです。百歳で心不全で亡くなられた時、残された蔵書はほぼ科学書だったとか。なんてすごい方なのだろう。「私にとって友情は私生活より上です」「過去は振り返らない」など・・2022/07/26
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