出版社内容情報
読める、わかる――21世紀の小林秀雄。
自らの青春を、烈しく葬る小説「おふえりや遺文」、時代の潮流を塞き止め、逆流させるまでの大テーマを世につきつける「マルクスの悟達」「心理小説」――、昭和6年~7年、著者29歳の年の29篇。
目次
昭和六年(マルクスの悟達;文芸時評;批評家失格2;谷川徹三「生活・哲学・芸術」;井伏鱒二の作品について ほか)
昭和七年(正宗白鳥;梶井基次郎と嘉村礒多;佐佐木茂索「困った人達」;堀辰雄の「聖家族」;批評に就いて ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
かふ
20
小林秀雄が中原中也と出会い長谷川泰子との関係を精算として「おふえりや遺文」という小説を書いた。それに対して中也は地声で歌ってないという批評だった。中也がそのあとに『山羊の歌』を編集して小林秀雄に渡したのはそういう経緯があったからだと思う。小林秀雄が中也を相手に数々の評論を書いていたことを思うとこの小説の失敗があったのかもと思える。大岡昇平の解説では作家論ではなく作品論を打ち立てのが小林秀雄で「おふえりや遺文」は自身の恋愛失敗よりもシェイクスピア『ハムレット』の批評として書かれたメタ・フィクションなのだ。2025/07/18
ダイキ
5
大学図書館。表題にもなっている小説『おふえりや遺文』の、オフィーリアの狂気と正気との錯綜の果てに、小林秀雄とオフィーリアという実人物と虚人物が錯雑ながらも鮮やかに織り込まれている様が見事だった。それは一心同体というものに等しい。しかし所謂一心同体ではない。それは小林秀雄自身が決して許さない。オフィーリアはあくまでもオフィーリアとして在り、小林秀雄はあくまでも小林秀雄として厳然に在った上に、しかも一心同体とならねばならない。これは紛れもなく私の妄言である。しかし、小林秀雄は我々にそう訴えかけてはいないか。2016/06/15
MatsumotoShuji
0
030228
とりくずかご
0
『小林秀雄 全作品』が「第六次小林秀雄全集」のはずなのだけれど、読んだのと書影が違う……。他に見つからないので、とりあえずこれで記録にしておきます。2010/12/12
0
再読。小林はヘンテコな思弁的な小説をいくつか書いているが、「おふりや遺文」もその一つであろう。錯乱した精神状態のオフィーリアの意識の流れを辿ったものであり、自己意識が自己意識に関与しながら幻想を横断してゆくという構成。だいたい、初期の小林秀雄が言葉という記号に付着するシミのように付着する自意識という残余(同時代的なものではあるが)の在り処をエクリチュールの実践において示そうとしているのは分かる。が、小林の名前を伏せれば、少しマセた文芸サークルの学生が書いていると思われてもおかしくはないだろう。2023/08/06
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