内容説明
血の粛清から、ようやく立直りかけた町。殺した者。遺された者。没落に怯える者。成りあがり者。恨みを深く潜ませた者。それぞれの心に誰の仕業とも知れぬ中傷ビラが不穏な火を放ち…。そして、届くあてのない手紙を待ち続ける老人も。泥棒のいない村の、至って良心的な泥棒も。死してなおマコンドに君臨する処女の太母も。現実の深層にまで測鉛を下ろした10の物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
nobi
61
最初の短編『大佐に手紙は来ない』冒頭から波長が合ったのか、妙に惹きつけられる。コーヒーが沸くまでの格別のことがある訳でない大佐の動作、政治的迫害や暴力沙汰で荒廃した町、大佐と喘息持ちの妻とのシニカルでやるせない会話…、一つ一つのシーンが声音が、貧しい女や男のゴッホのデッサンを見るように、昭和の白黒映画を見るように、リアルに立ち現れる。他8編の短編も意地悪な親父への胸のすくような振舞い、栄華を誇った王朝を描くような擬古文調等々多彩な物語が展がる。長編『悪い時』も地面を這うかと思えば飛翔し時に哲学的時に詩的。2025/05/18
キムチ
59
ボリューム的に、さほど感はないのだが、マルケスの広大な構想が敷き詰められた作品群の凄さを見せられた想い。世界中で「聖書に次ぐ発行部数」を打ち出したマルケスの作品群。大作「100年の孤独」を何とか読んだおかげで、神父・大佐がこの本から連なっていく雲の流れの様にぼんやり感じ取れた。中編「悪い時」と9編の短編が入っている。「大佐に手紙は来ない」はマルケスの初期的香りが強い上 既視感のある大佐が登場。それと「ママグランデの葬儀」マコンド王国の絶対君主、92年間の統治を誇る象徴的存在の最期は幻想的文学の香りが濃い2024/10/08
えりか
57
「悪い時」嫌な気持ちになる。町の中に貼られる中傷のビラは人々をどんどんと疑心暗鬼にさせる。もともとお金や権力、肉欲や恨みでいっぱいの人々を煽ることになる。個人の繋がりの中で、見る立場にも見られる立場にもなりえるということが人への抑止力になっているのだと思う。人間関係はそんな危うい均衡の上で成り立っているのではないだろうか。ビラはその均衡を容易く崩す。明日は自分のビラが貼られるかもしれないと、息を殺して生きていかなければならない。それだけ、みんな心の中では後暗いことを抱えている。嫌な気持ちになる話だった。2016/10/06
chanvesa
46
「大佐に手紙は来ない」はラストのドライな感覚がたまらない。大佐というからには威張りくさっていそうなイメージだが、ちょっとかわいそうなくらいしょんぼりしている様子と自棄と前向きのハイブリッドな心持ちに共感する。「この村に泥棒はいない」は結末がわかっているけど緊迫感が漂う。刑事コロンボみたい。「悪い時」は南米の政治権力や支配がテーマの一つであろうが、ビラは現代の垂れ流されるSNSの無署名の誹謗中傷を想起させる。町長の支配はあたかも闇社会のようだが、周囲の人々(とりまき)との癒着で悪がアメーバのようにはびこる。2020/12/02
かわうそ
34
表題作は視点が次々と切り替わる群像劇スタイルだけど筋書きも主題もなかなか見えてこない難物。当時の社会背景などがわからないと理解しにくい部分があるのかも。スピンオフ的なその他の短篇はどれも非常に面白く読んだ。特に「大佐に手紙は来ない」「火曜日の昼寝」「この村に泥棒はいない」がお気に入り。2014/12/23