内容説明
日本美術の“終わり”が始まる18世紀後半。京都には応挙、蕭白、若冲がいて、江戸には歌麿、写楽がいた。百花繚乱の時代を軽やかに迎え撃つ、シリーズ第5作。
目次
“終わり”の始まりとなるもの―円山応挙筆「雪松図屏風」
へんなもの―曽我蕭白筆「群仙図屏風」「商山四皓図屏風」
もしかしたらそうかもしれないもの―曽我蕭白筆「群仙図屏風」「唐獅子図」
曲がり角に来ていたもの―長沢蘆雪筆「龍虎図襖」と与謝蕪村筆「夜色楼台図」他
ひとりぼっちなもの―伊藤若冲筆「動植綵絵」「群鶏図押絵貼屏風」
前衛的なもの―浦上玉堂筆「奇峯連聳図」
全盛なもの―喜多川歌麿筆「当時全盛美人揃滝川」
ルネサンスになる前のもの―喜多川歌麿筆「婦人相学十躰ポッピンを吹く娘」
歴史のようなもの―「盆栽」
キーワードがないもの―「葵紋散牡丹唐草蒔絵乗物」「初音の調度」〔ほか〕
著者等紹介
橋本治[ハシモトオサム]
1948年東京都生れ。東京大学国文科卒業。77年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作。以後、小説、評論、エッセイ、古典の現代語訳など、旺盛な執筆活動はとどまるところを知らない。96年『宗教なんかこわくない!』で「新潮学芸賞」を受賞。02年9月には、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で「第一回小林秀雄賞」を受賞
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
87
映画「HOKUSAI」歌麿・写楽・北斎が蔦屋重三郎の酒席で言い争うシーンが印象的。江戸時代中期18世紀後半の日本美術では、京都における現代の美術に通じる円山応挙の写生、へんな水墨画を描いた蕭白・蘆雪、自分の絵に没頭した若冲、岡山の玉堂らの絵画と、江戸にて美人画の歌麿・役者絵の写楽・初世歌川豊国などの最盛期の浮世絵がある。鉢植え植物の盆栽、江戸のデザインを表す印籠、調度。京都と江戸の競うような百花繚乱の芸術の華。いつもながら縦横無尽に語り尽くす治節。個人的な好みは歌麿。芸術に日本独自のフォルムができた時代。2021/06/11
おおた
11
「ひらがな」と冠されているように、言葉で日本美術をわかろうとするシリーズ。本作ではいよいよ奇想の曾我蕭白、長沢芦雪が登場! 蕭白の奇っ怪な群仙図屏風を「あれが蕭白の美意識であり、あんな絵しか描けない人」と看破し、芦雪は「へんなことがやりたい人」とその中途半端さを見抜いてしまう。そして高評の初期写楽を「時間がないからとっとと仕上げた版画」、後期の写実的な方は「写楽に時間を与えてやりたいようにやらせた結果」という観察力は、ちょっと真似できない鋭さ。変に美術館の解説読むよりこっちの方が刺激的です。2015/09/01
かにこっこ
3
再びの痿陰隠逸伝、江戸にフランス革命を!では全文掲載していたが、つまり浦上玉堂のそして平賀源内の「ただそこにある男根」こそが最も正鵠を射た江戸時代の比喩なのである。橋本治にとっては。性欲はある、自由がある、しかし自我はない。人の主体が問題とされなかった豊かで穏やかな管理社会。/ブロマイドとして写楽と豊国並んでたら私も豊国の方買うなぁ。2021/03/22
くさてる
2
時代はとうとう江戸時代へ。ここら辺になると無知な私にもわかりやすい絵画が頻出して、それを謎解きしてくれる筆者の言葉が興味深くてたまらない。近代が近くなってきた証拠かな。知的興奮が味わえる一冊です。2010/08/19
小倉あずき
1
戦乱の世が終わり、管理社会へと移行してゆくとどんどん世界が堅苦しくなってゆく。幕府から遠く離れた京都では伊藤若冲や浦上玉堂のような一人上手が自分の世界を突きつめ、幕府の足元の江戸では遊女を大首絵に描いてささやかな抵抗(=細部での競争)の萌芽を見せる・・・町人が美術の最前線を担う、職人時代の到来。2019/07/31




