出版社内容情報
夜は溟くて重く、救いはわずかしかなかった。市井ものの正統にして新潮流。「どいつもこいつも、こけにしやがって」「難儀だね、身内って奴から逃れられないものさ」、追い詰められ女と男は危うい橋を渡ろうとする。「あの場所の生まれでなければ」と呪い、「死んどくれよ」と言葉の礫をぶつけながら、その願いが叶いそうになると惑う。ここに江戸八景の本物がある。「傑作」と呼ぶしかない短篇集。
内容説明
「死んどくれよ」いなくなって欲しいと願ったのは、ほんとうだった。でも…。著者初の「江戸市井もの」苛酷にして哀切、いっそ潔く、清々しい。恋い焦がれ、欲に流され、橋を渡ろうとする女と男。表と裏、感情のひだ、生きようを描き「傑作」と呼ぶしかない全八篇。
1 ~ 1件/全1件
- 評価
-
ミスランディア本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
starbro
247
砂原 浩太朗、4作目です。本書は、江戸時代の市井の人々の人間模様、著者らしい渋い連作短編集でした。 オススメは、「帰ってきた」&「死んでくれ」&「妾の子」です。 https://www.shinchosha.co.jp/book/355531/2024/03/20
パトラッシュ
179
江戸市井物の人情小説は庶民の悲哀をしみじみ語りながら、辛い思いをしてきた主人公に僅かな救いがあって終わるのが常道だ。しかし人生の切所で誤った判断をしてしまい、大切なものを失いながら救いもなく埋もれる人びとを描く本書は逆を行く。旦那が島送りにされた裏事情を知ったり、ダメ男の父親に苦しめられるばかりの女の心情は夜より暗いだろう。懸想した女のため養子口を断ったり、妻を信じられず悲惨な過去を知ってしまった男の苦悩はいかばかりか。いずれも最後で思いがけない真実と出会い、突き落とされる思いを味わう非人情小説と称せる。2024/03/10
いつでも母さん
158
夜明けや昼間だけではない一日。晴れて心地良い風の日ばかりではない人生。人の心はキラキラで優しさだけなんかじゃないよね。短編8話。そのどれもが、足元が薄ぼんやりだったり、じめっとした空気が纏わりつくようで、明るさはない。だが、惹かれる。苦しかったりして、知らずに拳を握りしめる・・そんな感じ。特に最後の『妾の子』が好きだ。2024/03/08
hiace9000
147
藤沢・山本両大家の正統なる系譜に連なる、令和の時代小説名手の繰り出す江戸市井もの八短編。人情物と思いきや、さらに踏み込み綴る人描き。川や橋を人と人の"あわい"に喩え描き、女と男の情の哀切を会話の妙で炙り炙られ、一気読み。砂原筆の文章と語彙から滲み出る和の静謐感と、見えざる人と人の"間"の描きに魅了されるが、今作でも臨場感豊かに、光と陰ある市井の慎ましいながらも過酷な暮らしぶりや、人の弱さ狡さ、欲までもを明け透けに晒し、さらに捻りを加えて「落ち」を仕立てる展開には舌を巻く。いやはや、砂原さんさすがの一言。2024/04/27
ちょろこ
133
心の夜を描いた一冊。長屋に生きる女と男を描いた、人情とは無縁の物語。このままの日々を思いながらもどこか満たされないひびわれた心。つくづく人の心には昼と夜が不規則に訪れることを思わずにはいられない。棲まう鬱屈や歪んだ憎しみという長い夜。ひとたび相手の心に宿る夜と混じり合ってしまえば、一気にいつ明けるかもわからない漆黒の闇に包まれる。そんなさまが言葉一つ、間合い一つから痛いほど伝わる。そして誰もの闇に共に溶け込まされるような感覚、最後はふと自分の足元をみてしまうような感覚。暗さしかないのに不思議と嫌じゃない。2024/07/04