出版社内容情報
香港で建築学を学ぶ和志は恋人の死の謎を探るうち、民主化運動の渦に呑まれてゆく。自由を愛する人々に捧ぐ、いま読むべき青春巨編。
内容説明
七百万人都市、香港。一人の少女が、スラムの闇に飲み込まれた。「ぼくは、彼女の人生を、まだ見届けていない」日本の大学に通う瀬戸和志は、亡き恋人の幻影に導かれ、建築学院の交換留学生として、再び香港の地を踏む。幽霊屋敷に間借りする活動家、ビルの屋上で暮らす船民、黒社会の住人、共産党員と噂される大物建築家。さまざまな出会いを経て、次第に浮かび上がる都市の実相。そして、彼女がひた隠しにしていた過去。「誰も、この街の引力には勝てない」“回帰”の時が刻一刻と近づく。いくつもの謎と、矛盾と、混沌をはらみながら、和志は、民主化運動の狂騒へ引きずり込まれてゆく。
著者等紹介
岩井圭也[イワイケイヤ]
1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
モルク
137
中国返還前の激動の香港を舞台にしている。建築を学ぶために交換留学生として来た和志は、以前親の仕事の関係で当地に暮らしていたとき知り合い恋をした少女の転落死の真相を調べるうちに…。帰化、ルーツ、難民問題、自由を得るために中国共産党から香港を守ろうとする人々、様々な側面が浮き彫りとなり、平和ボケの私の心に刺さる。中国に返還される時、香港の多くの富裕層がアメリカ、カナダに渡った…そんなことしか知らなかった自分が恥ずかしい。2022/05/22
hiace9000
134
1997年、荒廃と猥雑、繁栄と理想が混在する光と闇のカオス、〈返還〉前の香港。様々な国から様々な思惑やルーツを持つ人々が流れ込み、集まり、時代の転換的特有の沸点間際の熱を放ち蠢く。混沌の根源には、その地で踠きながら自らの存在意義を見い出そうとする人々が生み出す逆巻き渦を成す熱がある。激流に身を投じ、狂騒に翻弄される主人公和志。香港の実相という鏡は、若者の熱情と孤独を如何様に映すのか。記憶に新しい4年前の民主派デモのスローガンとしても使われたブルース・リーの"水になれ、我が友よ"が、通奏低音のように流れる。2023/08/26
のぶ
119
本作の舞台は1990年代、中国に返還される直前の香港。主人公の瀬戸和志は、かつて梨欣という少女と交際していたが、ある事件で命を落としてしまう。和志は梨欣がなぜ死んだのか調べるため、交換留学生として再びその地を訪れる。いろいろ交流のあった人たちと接触し、真相を探ろうとするが・・。ストーリーは謎解きをメインとした作品ではない。当時の香港の熱気が全編を通し伝わって来る。次第に浮かび上がる香港の実相。やがて、和志は香港の魔力に取りつかれてしまう。自分は香港を訪れた事はないが、いつかこの熱量を感じてみたい。2021/07/05
ずっきん
112
砕けた恋の真相を探しに返還直前の香港に戻ってきた『日本人』の青年の物語が、昨今の情勢に重なっていく。不安と脆さ。だが、答へと踏み出す一歩を導いてくれるような、この力強さと爽快感はなんだ。あらゆる登場人物が体に水を湛え、生き生きと踊る。抑えた筆致から溢れるメッセージが体を満たしていく。ああ、水が踊り続けている。わたしは自分が生きてきた時代のなつかしさを小説に求めない。未来を感じたい。物語に主張や思いを語らせるというのはこういうことである。激推奨! さあ、小説家の想像力の凄さというものを、骨の髄まで思い知れ。2021/06/20
Ikutan
89
大陸回帰残り一年を切った香港。交換留学生として、この地を再度訪れた青年の目的は、亡き恋人の転落死の真相を知ることだった。建ち並ぶ高層ビル。ごった返す人々。横道に入れば、ひしめく洗濯物と看板。スラムの闇。混沌とした街中に一気に引き込まれる。手がかりを求める青年の前に現れたのは船民のベトナム人。辿り着いた亡き恋人の兄は、民主化運動活動家。弟は黒社会に。憧れの教授は共産党員。複雑に絡むそれぞれの事情と政治的背景。激動の香港で逞しくなっていく青年。終始圧倒されつつ、最後にほっと息を吐いた。いやぁ、凄い作品でした。2021/08/13