内容説明
五十年の歳月を共に生きた最愛の夫・トシの手を握り締めながら、病床にある小島信夫氏への想いを、花野の風景の中に刻んで絶讃された表題作のほか、車椅子の上で、通り過ぎていった人々を幽明の境を越えて点綴する「あなめあなめ」「それは遺伝子よ」の二作とエッセイを収録。
目次
あなめあなめ
それは遺伝子よ(It’s gene)
風紋
エッセイ(魚のなみだ;言葉といのち;逝ってしまった先達たち;企まない巧み―小島信夫再読;西洋と東洋の間を―いつもそばに、本が;あの夏―ヒロシマの記憶)
おかしなおかしな夫婦の話(大庭利雄)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
じいじ
91
芥川賞作家だそうですが、初読みです。残念ながらこの遺作を10年余、書棚で眠らせていました。66歳のとき脳梗塞で左半身不随になり、車いす生活を余儀なくされましたが、夫の協力のもと口頭筆記で作家活動を続けた根性の持ち主です。結婚観―「幸福な結婚とは、いつでも離婚できる状態でありながら、離婚しない状態を維持すること」と豪放な一面も見せています。表題作は、先輩作家として畏敬する小島信夫への熱い思いが切々と語られます。著者の作家人生は、常に寄り添って精神的に支えた夫・利雄氏の存在が大きかったのではないだろうか。2022/06/10
KEI
28
初読みの作家さん。装丁の秋の草花の穏やかな「秋叢」の絵からは想像も出来ない著者の姿が見える晩年のエッセイ。自身をナコと呼び、夫君をトシと呼ぶ。そして順番は殆どがナコとトシで分かる様に、夫の掌の上に孫悟空の様に安住し自由奔放に生き、それを意に介えす事もなく寄り添っている夫、稀有な夫婦の姿が垣間見られる。脳梗塞で不自由になってから思い出される人や出来事をとことん求める強さを感じる。「風紋」では尊敬する小島信夫氏に寄せる想いが伝わって来た。自由な方だったのだろうと思った。2023/07/31
あ げ こ
6
やはり晩年の作品にこそ好ましさを覚える。今あるそこは、清も濁も大いに知り、大いに噛み締め、それ故に至ることが出来た幸福…その幸福は大層稀有な形をしていて、またその割にとても穏やかであるもの。しかもそれは単に微笑ましいだけのものではなくて、未だ驚くほど熱を帯び、驚くほど雑多な感情を含む平穏であり、幸福。清濁併せ呑む故に、自らにとっての快いを選ぶ目も、嗅覚も鍛えられたに違いない。選び抜いた果て、清濁どちらからも選び抜いた快さを集めた幸せであるのだからもう、手のつけようがないと言うか。何と言うべきか、敵わない。2015/08/16
舟江
3
5月の読書会のテーマ本。 彼女の作品は20歳ころに新潮社の「純文学書下ろしシリーズ」で読んだのが最初で、まるで歯が立たなかったのを記憶している。 今回読んでみて、まず佐野洋子を思い出した。女性の願望を書いているという点で共通なのかと思った。書くことで満足していたのかどうかは不明だが、あまりいい人生ではなかったことは想像できる。 2018/04/02
yoyogi kazuo
2
最後の短編という。小島信夫が脳梗塞で倒れて危篤状態にあるという知らせを聞いて書かれた。 二人の対談などの様子から、大庭みな子が小島信夫に好感以上の思いを寄せていることは何となく分かっていたが、最後の最後になって、こんなに明け透けにストレートに思いを表現しているのを知って驚いた。2021/08/03