内容説明
前途有望な青年アドルフは自らの空虚な心を埋めるため、伯爵の美しい愛人エレノールに恋を仕掛け成就させる。しかし、彼女が贅沢な生活も、子供たちも、風評もすべてを捨てるという一途な愛情を示した時、彼はその関係からの脱出を願うようになる。耐えがたい重圧を感じながらも、どこにも逃れることが出来ない男性の虚しい心の動きを冷徹に分析し、精緻に描ききった自伝的心理小説。
著者等紹介
コンスタン[コンスタン][Constant,Benjamin]
1767‐1830。スイスのローザンヌ生れ。フランスの作家。1794年頃からパリで自由主義の政治家・思想家としても活躍した。1816年に『アドルフ』を発表し、心理小説の傑作として評価された
新庄嘉章[シンジョウヨシアキラ]
1904‐1997。仏文学者。広島県生れ。早大仏文科卒。早大文学部教授を経て、名誉教授となる
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感想・レビュー
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ケイ
137
読書会のために、新訳読了後に再読。字の小さいがゆえの読みにくさ、言葉の多少の古さはあるものの、こちらの訳が簡潔でまどろっこしいところがなくて好き。読書会メンバーでアドルフと同世代の男性が、アドルフの母親の不在の影響を語っていて、確かにそうだと思った。調べてみると、コンスタンも母親を生まれてすぐになくしている。私は非常に面白く、また頷きながら読んだのだが、モヤモヤ感を抱えたまま読了した人も多かったようだ。2018/11/10
noémi
14
財産も地位も才能もある青年がふとした出来心で他の男の妾となっていた女に欲望を抱く。落とすまでは男は情熱のありったけを使って女を籠絡するが、もとの主人や子供、つまりすべてを捨てて自分に走った女をみるともはや情熱は過ぎ去って愛は失ってしまった。だが、女は男に夢中だ、簡単に捨てる訳にはいかない、どうしよう、困ったという男の心理が詳細に描いてある作品。面白いのだが、話は主人公の問わず語りという形式をとっており、しかも詳細な描写が一切ないので、話がわかりにくい。以前、イザベルアジャーニの映画が理解の一助となった。2011/03/17
メイ
13
冒頭から少し太宰の香りのするアドルフに共感させられ読み勧めていくと、今度は漱石の精密さを思わせる心理描写が現れる。現代では敬遠されがちな余白のない説明調の文体だが、説得力があり誠実な語りに信頼は崩れない。間違いなく男側が悪い悲劇だが、彼はどうすれば良かったのだろうか?何が悪かったのだろうか?社会の体裁や自尊心、虚栄心を捨て切れなかった事、一時の感情で動いてしまう事、経験や想像力が足らず覚悟が出来なかった事、それら自分の弱さから逃げた事。(続く)2018/07/18
かみしの
8
たいてい恋愛小説というのは極力わが身から引き離して読もうとするのだけれど、変なところで共鳴してしまってうううっとなる。コンスタン自身が述べるように、登場人物はアドルフとエレノールの二人だけ。ほぼアドルフの内面描写で進んでいく、まさに心理小説である。本当に好きなわけではない女の人を「好き」になり、けれど本気の愛を差し向けられると自らのフェイクさが浮き彫りになってしまうゆえに気持ちが醒め、結局同情だけで関係を保ってしまうという脆弱さ、身に染みるほどわかる。フランスの小説は、たいていバッドエンドなので辛い。2017/06/28
關 貞浩
7
二人のやりとりと心の動きを描く簡潔な叙述がすばらしい。アドルフの怯懦と優柔不断、エレノールの盲目的な献身と束縛。人目を忍んで愉しんだ不倫の情熱と、奪い取った彼女と一緒に暮らすようになってからの、二人の破滅的な心の乖離、その対比が痛々しい。受動的で何も選び取ることのできないアドルフ。彼の父親の完璧な対応が聳える壁のように迫り焦燥を煽る。愛を知ろうとして繰り返すその場しのぎの嘘。エレノールを傷つけ、得られるのは愛の不存在だけ。何の変哲もない愚かな間男の末路だが、彼が身を焦がした煉獄が蠱惑的な輝きを放つようだ。2017/01/08