内容説明
「ああ、人間、人間ってやつは!」。湖で溺れていた夫婦を必死で助けたイワンは、いったい何を嘆くのか。「余計なことをべらべらしゃべるんじゃない!」。友人はなぜスミルノーフにきつく忠告するのか。怒り、後悔、逡巡…。晴れの日ばかりではない人生の、愛すべき瞬間をつぶさに写し取ったロシア最高の短編作家チェーホフ。ユーモア短編集第二弾、本邦初訳を含め、すべて新訳の49編。
著者等紹介
チェーホフ[チェーホフ][Чехов,Антон Л.]
1860‐1904。南ロシアの港町タガンローグに生れる。16歳の時に家が破産し、モスクワ大学医学部に入ると同時に家計を支えるため、雑誌・新聞に短編や雑文を執筆。七年間で四百編以上の作品を発表して文名も高まったが、安易な名声に満足できず、本格的な文学を志向するようになる。人間観察に優れた短編の他、晩年には劇作に主力を注ぎ、演劇史に残る戯曲も多い。代表作に「桜の園」「三人姉妹」「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「かわいい女」「犬を連れた奥さん」など
松下裕[マツシタユタカ]
ロシア文学者。1930年、朝鮮鎮南浦府生れ。早稲田大学ロシア文学科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
74
チェーホフは医者。とことん医者。多くの患者に無料で。作家業で一本立ちできても最後まで医者。そんな彼だからこそ幅広い世界(階層)の人々を知る。2023/07/06
みつ
27
チェーホフ初期の短篇集の第2巻。この頃の作品は会話が主ということもあるが、登場人物たちはよく喋る。後年の静かな世界とは大きく違うようでいて、いじましい人物たちの描き方には通じるものがある。音楽家を描いた「二つのスキャンダル」と「聖歌隊」は戯画であってどこか物悲しい。ジューヌ・ヴェルヌ作を訳したという「飛ぶ島」は、最後の注にあるようにパロディなのだろう。「極寒」の零下28度の世界、その後の「川のほとり」は氷が解け出す春の川の情景描写に続き筏乗りの生活が述べられる。厳しいロシアの風土のもとでの生活の縮図。2024/04/12
ぺったらぺたら子
22
初期作は雑多な魅力の詰め合わせ。玉石混交ではあるが、石も含めて独特の場が生成される。民衆の戯画が中心だが不条理や陰鬱、悲しさ、という情景を描くとさらに輝く。ヴェルヌのパロディが秀逸。この時代から既に起承転結は無視し始めており、ジョイス『ダブリナーズ』に入っていそうなものもある。夫が女と逐電し破産までした時、近所の老人がやって来て駄洒落を連発する『雄々しい奥さん』の悲喜劇。賑やかな冬の遊園会の中、ふと耽る思いを描く『酷寒』。筏を操る極貧の竿師達を空撮した『川のほとり』に広がる詩情。スケッチ的な傑作が多い。 2019/12/24
メルキド出版
12
「婚礼の前」ゴーゴリとドストエフスキーを足して滅茶苦茶にした感じ。まさにナボコフのいうところの「コズミック‐コミック」の世界。2018/02/26
高橋 橘苑
12
そうだったのか、チェーホフはこんなに楽しい喜劇作家だったのかと再発見した思いだった。本作品集はチェーホフの原点、短編喜劇を集めたものである。小田島恒志の解説によると、「桜の園」や「三人姉妹」もある意味、人の滑稽さを笑い飛ばすコメディであるらしい。それを知ってチェーホフがもっと好きになったし、人の弱さ、愚かさ、はかなさをどこか第三者的に捉える視点が底にあるからこそ、多くの人の共感を得ているんだろう。チェーホフが愛したロシアの人々の素朴さ、鈍重さ、ふてぶてしさ、まぬけさなどは、優しさに繋がっていると思う。2014/06/10