出版社内容情報
別れた亭主が子と消えた……。女の心の綾を細やかにたどる表題作ほか、哀歓あふれる絶品七編。
わたしを棄てた男が帰ってきた。大江戸の裏店でそっとともした灯を吹き消すような暗い顔。すさんだ瞳が、からんだ糸をひくように、わたしの心を闇の穴へとひきずりこむ――。ゆらめく女の心を円熟の筆に捉えた表題作。ほかに、殺人現場を目撃したため、恐怖心から失語症にかかってしまった子供を抱えて働く寡婦の薄幸な生を描く「閉ざされた口」等、時代小説短編の絶品七編を収める。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミカママ
214
今までいくつか読んだ藤沢作品とは、かなり趣きの違う短編集。作者の原風景がモチーフになっているそう。後味悪い作品もあり、私には合わなかった。残念。2016/10/07
新地学@児童書病発動中
117
高校生の時から繰り返し読んでいる短篇集。藤沢さんの作品を読むと故郷に帰ってきたような気持ちになる。今回再読して一番印象に残ったのは、「荒れ野」だった。不義を犯して追放された僧侶が、荒野で不思議な女に出会う。若い僧はその女に誘惑され、離れ難くなってしまう。やがてその女の存在に不信を持つようになって……。寒気のするような内容なのだが、結末には救いと優しさが感じられる。人間の存在の哀しみを、慈しみを込めて包み込むように描くのが、藤沢周平の魅力だ。この短篇には、その魅力が凝縮されて表現されている。2018/05/17
優希
104
武家もの、市井ものと時代小説のジャンルを超えて楽しめました。哀愁を感じます。しっとりしていて、胸が詰まるような作品が多いですが安定した面白さがあります。円熟の筆が水墨画のような雰囲気を出していますね。久々に藤沢作品を読みましたが、やっぱり沁み入るものがあるのがいいと思いました。2016/03/18
ケンイチミズバ
102
気づけば切腹するにはもってこい、討ち果たした上役の妾宅ではあるが、まるで今日このために用意されたかのようだ。郷方まわりの役得。接待や賄賂によって検見の手は緩む。緩んだ分どこかの村が重荷を負う。武家はただただ百姓から搾り取る。正義感だけでない、ある出来事が男を動かす。潔いというのだろうか、武士の一分だ。今から自分もそちらに行く、亡き妻に向けた思いが後悔も納得も、胸を打ちます。上役の妾もどこか別の部屋にいて何が起きたのか承知している。悪事は続かない、いずれ誰かに討たれると分かっていたかのよう。仕方のない悲劇。2022/06/30
ふじさん
101
表題作の「闇の穴」は、江戸の路地裏に住む職人の女房を主人公にした、ちょっとミステリアスな味わいのある作品。「閉ざされた口」は偶然、殺人の現場を目撃したため、その恐怖心から失語症になった娘を抱えて働く寡婦が主人公、娘が言葉を取り戻すシーンにドキッとさせられる。「荒れ野」「夜が軋む」は、雪国の民話を味わいを伝える趣向の点では、伝奇小説を思わせる趣きのある作品、様々な異なった内容の作品集で面白かった。 2021/10/30